社員の直感から生まれた
「おもろい」新事業

「がっつり広場」は、いまも続いているそうですね。社員発のアイデアを募る同様の制度を持つ企業はたくさんありますが、うまく機能しているところは多くありません。急ごしらえだったこの制度が、なぜ軌道に乗ったとお考えですか。

 コロナ禍という緊急事態だったからこそでしょう。飛行機が飛ばない以上、地上職や乗務員の仕事は激減し、他社への出向をお願いする事態にもなりました。私が率いていた営業部門も、売りたくても売るものがないという状況でした。日々キャッシュだけが流出していく中、一円でも多く稼げる仕組みをつくろうと立ち上げたのが「がっつり広場」です。みんなどうせ暇なんだから知恵くらい出そうよ、と社内を煽りました。

 そうは言っても、昨日まで空港でお客様を案内していたスタッフや、機材と向き合ってきた整備士などに、いきなり新事業計画を出せと言うのは無理な話で、完璧なビジネスプランなんてつくれるわけがない。だから立派な計画書なんていらない、メモレベルでかまわないとしました。結果、提案数が一番多かったのが客室乗務員たちでした。日々お客様に最前線で接しているからこそ、さまざまなインサイトが一人ひとりの中に蓄積されていて、それが新たなサービスや企画のアイデアにつながったのでしょう。

 私が何よりも嬉しかったのは、あの厳しい状況にひるむことなく、生き残る道を必死に見つけ出そうと動いた社員が大勢いたことです。冒頭に「わずか1年間で事業規模が40年前の水準にまで縮小してしまった」と申し上げましたが、私はこの数字を目の当たりにし、過去の成功体験はもう通用しないことをどうやってみんなに伝えればよいかと悩んでいました。ですが、それは杞憂に終わりました。社員たちみずから、過去の成功体験を捨ててくれた。そして、不慣れな新事業に果敢にチャレンジしてくれた。あらためてANAの可能性を感じました。

 アイデアの事業化においては、何に重きを置きましたか。

 重視したのは次の2つです。

 第1に「スピード」です。ふだんでもそうですが、特にパンデミックの最中はお客様の行動や意識が日々刻々と変化していたので、時間をかければかけるほど本来のニーズとかけ離れてしまうという問題がありました。優秀な人ほど完璧なものをつくろうとしますが、それでは変化する状況に追い付けない。7割、8割の出来でよいから次々と打ち手を繰り出すことに意味がある。そう伝えました。

 これまたチャーチルが、「If you're going through hell, keep going」(地獄のただ中にいるなら、そのまま突き進め)と言っています。コロナ禍という地獄にあっても立ち止まらずに前へと突き進み、可能性のある事業を試してみる。それでお客様の反応を見て、課題が見つかればすぐに修正し、駄目だとわかれば撤退してもいい。スピード重視で、私たちは何とか活路を見出していきました。

 第2は「おもろい」かどうかです。たとえ論理的に完璧でも、おもろくないものは審査過程で選びませんでした。自分が本当におもろいと思えるものを持ってこいと発破をかけると、どうやら感性の扉が開くようで、思いもつかないアイデアが持ち込まれるようになりました。荒削りだけどこれはやらせてみたい、と思えるものです。結果、ヒットしたのは、一見素人然としながらも「おもろい」が前面に立つものばかりでした。

 なぜそうなのだろうと思っていた矢先に、独立研究者・著作家の山口周さんと対談する機会をいただきました。山口さんから「論理思考からだけでは生まれないストーリーが、直感や感性によって生み出される」というお話を聞き、腑に落ちました。もちろん論理よりも直感のほうが優れているというわけではなく、どちらも大切です。ただ、いまはビジネスにおいても人生においても、どうも論理に偏りすぎているのかもしれない。「おもろい」というのは直感の最たるもので、それが前面に出たアイデアがヒット商品につながったのは、もっと人間の根源的なインサイトにアプローチする必要があるのではないかと。ですからお客様との接点を預かる社員一人ひとりが、論理だけでなく直感も大切にし、それらをバランスさせたうえで考えて行動すれば、新事業に限らずあらゆる事業やサービスにおいて「新たな価値」を提供できるはずだと思い至るようになりました。