経営者「昔、部長が2人いたんだよ。業績がよいときはお互い衝突することはほとんどなく、たまに議論しても『じゃ、あなたの案でいきましょう』と、すぐ合意できる。意思決定も早いし、お互いを尊重していて業績がよいときは、すごくよい人間関係だとみんな思っていた。しかしこれが、全部ウソだったんだよね。私の人間理解が甘かったんだが、よい人間関係って、衝突の上に築かれるものであって、なごやかさの上には築かれない」

筆者「なぜ、そう思ったのですか?」

経営者「会社の業績が伸び悩みを見せはじめて雰囲気が悪くなった。で、1人ひとりに時間をつくって『何が問題か』聞いて回るとよくわかった。『言いたいことがあるのに黙っている』状態だったんだ。『なんで直接言わないんだ』と言うと、『人間関係を壊したくない』って言うんだよ。これ、メチャクチャヤバイと思った。つまり、人間関係を壊したくないと思う心が、人間関係をさらに悪化させる、ってことだ」

「よい人間関係」は
衝突なしには生まれない

 嫌われまい、嫌われまいと思うと、気に入られようとしてかえって卑屈になってしまう。

 よい人間関係を生もう、いい友だちでいようと思うと、人間関係に恐れをいだいてしまい、かえって心を開くことができない。

 オランダの哲学者であるスピノザは著書『国家論』のなかで、「私は人間を嘆かず笑わず嘲らず、ただひたすら理解しようと努めた」と述べている。

「よい人間関係」とは、衝突を恐れず、相手を理解しようとする姿勢そのものである。そう言っていいのかもしれない。

 社長はさらに言った。

経営者「だから、オレはもう『よい人間関係』は『衝突があること』が必須の条件と思っているよ」

筆者「でも社長、衝突があるからと言って、よい人間関係とは言えないですよね。いがみ合っているだけとか」

経営者「もちろんそうだ。だから『衝突』はベースにあるだけ。人間同士はもともと衝突するもの、そういうように考えることがまず出発点」

筆者「その先には何が?」

経営者「簡単だよ。衝突の先にあるのは、対話だよ。相手の話を聞いて理解しようとする姿勢」