家族はそんな本人を怖がるようになります。本人が何も言わなくても、足音やドアを閉めるときの音の大きさから「今日は機嫌が悪いぞ」と予兆を感じとり、本人の気に障るようなことをしないようにとオロオロしているうちに、本人の地雷を踏んでしまうのです。
本人は家族に対して怒っているわけではなく、汚いものや強迫観念のわずらわしさに対して嫌悪しているのですが、嫌悪は怒りとの区別が難しい感情です。
嫌悪を怒りと取り違えてしまった家族は、まるで自分が怒られているように感じて萎縮してしまいます。本人はそのことに気づいておらず、家族の萎縮している様子を見て、嫌悪感を逆なでされているように感じてしまいます。
特に親が子どもの儀式を手伝う場合は、自ら巻き込まれにいくことがあります。いくつになってもかわいいわが子です。なんとかしてあげたくなるのが親です。
本人に、
「つらくない?」
「何か必要なものがあったら言ってね」
「学校は行かなくてもいいよ」
とつい言いたくなってしまうでしょう。親は治療のためにその気持ちをこらえる必要があります。
『強迫症とうまくつきあう』(原井宏明、松浦文香、さくら舎)
私が治療を始めた40年前と比べると強迫症についてのネット上の情報は豊かになりました。小学生ぐらいのお子さんを連れた親御さんから「うちの子は強迫症ではないでしょうか」と相談されることがよくあります。
お話を聞いていくと、本人がつらいと言うことは、本人がやらなくてもすむように親が対処しています。その結果、学校がつらいと言えば、家でゲームをさせてもらえ、硬いものを飲み込むのがつらいと言えば、通院の帰りにハンバーグを食べて帰ることができます。
家ですることがなければ、暇つぶしのために始めた儀式が習慣化してしまうことも十分に考えられます。強迫症は環境の影響を受ける病気です。家族もその環境の一部なのです。
巻き込みがエスカレートして、お互いが離れられなくなる「共依存」になっている場合の手っ取り早い解決法は、本人から離れることですが、簡単ではありません。一度、専門家に相談することをお勧めします。







