経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡#2マルコ・ポーロ【後編】Photo:AI Generated/Google gemini

1270年に16歳で出発したマルコ・ポーロ、父ニコロ、叔父マテオの3人がヴェネツィア共和国に戻ったのは1295年、少年マルコは41歳の壮年になっていました。いよいよ25年間の経験をもとにした『東方見聞録』執筆の期間となるのですが、机に向かって本を書いたわけではなく、なんとも数奇な出会いがこの経済史上の名作を生み出すことになります。地中海交易、東方交易の商権をめぐるイタリアの都市国家間戦争がマルコを巻き込み、執筆の機会を作ることになったのです。元週刊ダイヤモンド編集長が高校生向けに実施している授業「大学の経済学入門」をもとにした連載『経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡』。第3回は、マルコ・ポーロ後編です。マルコ・ポーロが大航海時代、さらには、重商主義の時代に与えた影響を紐解いていきましょう。実は当初『東方見聞録』は「面白い大ボラ物語」と受け止められましたが、やがて「実用的なアジア交易ガイドブック」、さらに後年は「アジア侵略ガイドブック」として重宝されるようになります。

モンゴル帝国から帰国後に戦争に巻き込まれ
ジェノヴァの捕虜となったマルコ・ポーロ

 マルコ・ポーロの旅路を辿れば、なぜ、現代経済の潮流の理解の助けになるのか。今回は、その答え合わせをしていきましょう。前回は、マルコ・ポーロがモンゴル帝国の皇帝クビライに長く仕えた後、帰路についたところまでを話しましたね。

生徒D:はい、先生。それで、ちょっと気になって、きのうマルコ・ポーロの旅程を、世界地図を見ながら追ってみたんです。行きも帰りもイランのホルムズがポイントですよね。ホルムズ海峡はイラン戦争でたいへんな事態ですが、ホルムズという都市名が見当たりません。どうしてですか。

 1258年にアッバース朝ペルシャがモンゴル帝国に滅ぼされ、イル・ハン国となったわけですが、その戦争中にホルムズは街ごと沖合の島へ移転したのだそうです。それがホルムズ島で、海峡の本土寄りにある小さな島です。現在も島にホルムズという町があります。現在の本土側の大都市はバンダレ・アッバースで、世界地図でも目立つでしょう。

生徒D:あ、わかりました。Googleマップでうんと拡大するとホルムズ島が出てきましたよ。

 古い本(佐口透『マルコ=ポーロ』清水書院、1977)に載っている地図を見ると、移転後の島の都市名が「新ホルムズ」と記載されていて、本土側にあった「旧ホルムズ」と区別しています。現在一般的に知られているのは海峡名だけですね。

 マルコが『東方見聞録』を書いたのはクビライの元朝から帰国した2、3年後で、ジェノヴァとの戦争でヴェネツィア軍に従軍して捕虜となり、ジェノヴァの監獄に収容されていた時期でした。13世紀のヴェネツィアとジェノヴァはアドリア海、エーゲ海、レヴァント(東地中海沿岸諸国)、黒海に集まる東方の物産や貴金属の商権をめぐって激しく争い、武力衝突もありました。

生徒A:ジェノヴァはヴェネツィアとはイタリア半島の反対側、北西の都市ですよね。ジェノヴァも共和国だったんですか。

 ジェノヴァは1339年に共和政となりましたから、ヴェネツィアにだいぶ遅れて都市共和国となっています。13世紀は貴族階級と商人の階層が対立していた時代です。マルコが帰国してから3年後、1298年のコルチュラの戦い(クロアチア南部アドリア海)では、ジェノヴァの80隻のガレー船とヴェネツィアの90隻のガレー船が武力衝突し、ジェノヴァが勝って「何百人ものヴェネツィア人が捕虜となった。そのなかにはマルコ・ポーロもいたと言われている」(★注1)そうです。

熟練ライター、ルスティケッロと監獄で出会う
8カ月の口述筆記で仕上げた『東方見聞録』

 マルコはジェノヴァの監獄で、1284年のメローリアの海戦で捕虜となっていたピサの作家、ルスティケッロ(★注2)と知り合い、マルコの東方旅行の経験、情報、知識を口述筆記することになりました。マルコは獄中で東方旅行のエキゾチックで魅力的な話をジェノヴァ市民にも聞かせていたのです。ルスティケッロがフランコ・イタリア語(イタリア語風フランス古語)で著述する有名な作家だと知ったマルコは、口述筆記に同意して語り始めました。完成したのはこの年、1298年中で、8カ月で仕上げたと伝えられています(★注1)。

生徒B:ここ(教室)に数種類の『東方見聞録』が並べてありますが、文庫以外の本は小冊子ではなく、かなりの分量ですよね。口述筆記でこんなに大量の文章を8カ月で仕上げることができるんでしょうか。

【次ページ以降のポイント】
(1)黄金島ジパングを初めてヨーロッパに紹介
(2)『東方見聞録』は248項目の詳細なガイドブック
(3)ジェノヴァ人のコロンブスが活用!