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初期重商主義の経済学者トーマス・マン(Thomas Mun、1571~1641)は、イギリス東インド会社の重役だった実務家の学者です。元週刊ダイヤモンド編集長が高校生向けに実施している授業「大学の経済学入門」をもとにした連載『経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡』。第5回ではトーマス・マンの後編として貿易論の内容を解説します。著書『外国貿易によるイングランドの財宝』のポイントを整理してみると、貨幣経済の循環的な成長軌道を、貿易黒字を軸に描く重商主義の論理が見えてくるでしょう。新重商主義の強引な政策で世界の貿易を混乱させているアメリカのトランプ大統領の論理に対抗するためにも、この362年前に出版された“ビジネス書”を読んでおきましょう。冒頭は現代のビジネス書のような「父子語り」で始まり、全体はMBA(経営学修士)の教科のような項目が並ぶ、驚きの内容となっています。
400年前なのに現代のビジネス書のような
「父子語り」で始まるマンの貿易論
前回は、トランプ新重商主義で世界は400年前に逆戻りしている、だからこそ「トーマス・マン」を精読すべきだ、と話しましたね。今回は、その「答え合わせ」をすべく、マンの貿易論を深掘りしていきましょう。
マンは『外国貿易によるイングランドの財宝』(England's Treasure by Forraign Trade)を1630年ごろに執筆しましたが、30年以上経過した1664年に息子ジョンによって出版されました。本書は重商主義(Mercantilism)の論理的な枠組みを描いた初めての書物として知られています。
トーマス・マンの著書(原書初版1664年)の表紙、“England's Treasure by Forraign Trade”1664,「王立取引所で印刷、製本」と記されている(Wikisourceより)
生徒A:高校の図書館にはありませんでしたが、「国立国会図書館サーチ」で検索すると、多くの都道府県立図書館に所蔵されていることがわかりました。
そうですね、17世紀前半ですから日本でいえば江戸時代前期の本です。最初に日本語訳が出たのは1924年でした(抄訳★注1)。2番目が張漢裕訳による岩波文庫版(1942)だったようです。その後何種類か翻訳され、いま多くの図書館に所蔵されているのは1965年に東京大学出版会が刊行した渡辺源次郎訳の単行本です。張漢裕は東大で博士号を取得した台湾大学教授で、経済思想史家でした。渡辺源次郎は福島大学教授でイギリス重商主義の専門家です。1960年代には、日本でイギリスの経済学の古典がよく読まれていたのでしょうね。
1965年に出版された日本語訳『外国貿易によるイングランドの財宝』(東京大学出版会)
それでは、この本の目次の概略を紹介しながらポイントを整理していきましょう。原書の目次ではなく、邦訳書の目次です(★注2)。
叙述は専門書のスタイルではなく、父が息子に商人の実務と教養を語る近年のビジネス書のような第1章から始まります。そして、貿易商がいかに国家にとって偉大で崇高な存在か、高いプライドをもって息子に語ります。
生徒B:それはまた意外な。経済学の専門書ではないのですか。貿易商の父と子といえばマルコ・ポーロ親子のようですね。
貿易商の教養ですから、文字通り重商主義ですね。たしかに、ヴェネツィアの商家マルコ・ポーロ一行の東方旅行を思い出しますよね。経済学(Economics)はまだこの時代には存在しませんから、経済学誕生の前史ということになります。
本書は全21章で構成され、貿易商人の資質から国家の経済政策まで幅広く論じています。目次の概略はこうなっています。なぜ「概略」としたのかと言いますと、章タイトルが長い文章なんです。本のスタイルもまだ定まっていませんからね。
第1章:完全な外国貿易商人として必要な知識と素養
第2章:わが王国を富裕にし、わが国の財宝を増加する一般的原則
第3章:わが国の商品輸出を増進し、外国商品の国内消費を減少せしめる個々の方法と手段
第4章:商品貿易において貨幣を輸出するのは、わが国の財宝を増加する一手段である
第5章:外国貿易は、わが国の土地価格を引き上げる唯一の手段である
第6章:スペインの財宝は、スペインがどのような禁止策をとろうとも、他の諸国へ流出しないわけにはいかない
第7章:外国貿易による利得のいろいろ
第12~14章:為替、銀行、貨幣価値の操作は貿易収支を根本的には変えない
第16~18章:君主(国王)の収入と、財宝を蓄積することの必要性
第20章:わが国の財宝に関する法則をなすところの、外国貿易の差額を算出するための手段と方法
第21章:財宝の輸出輸入に関して、以上述べきたったこと一切についての結論
第1章は貿易商人の素養12項目を息子に語る
以降はMBA科目のような内容が並ぶ
第1章の冒頭、父は息子にこう語りかけます。
「貿易商人は、実に王国の富の管理者と呼ばれていて、他の国民と通商を営むものだ。だが、それは、責任のみならず栄誉をもともなう職務であるから、すぐれた手腕と誠意とをもって遂行し、つねに、私の利益が公の福祉に従うようにせねばならぬ。そしてまた、この職業のもつ高貴さは、むしろお前の希望と努力をかきたてて、十分の技量を修得してそれを恥ずかしめまいとすることになろうから、わたくしはここに、簡単に、完全なる貿易商人として必要な、すぐれた素養について書きとどめておこうと思う」。
生徒C:うわあ、ほんとうに誇り高き商人の道なんですね。
その通り。そして12項目にのぼる「商人の素養」をあげて息子に伝授します。以下、その要旨をまとめました。
1.商人は算術、会計、契約書、証券、為替手形などの制度や形式に通じること
2.貿易相手国の度量衡、貨幣の知識と、わが国の価値と照合する知識
3.貿易相手国の関税、租税、賦課金、案内料などの知識
4.貿易相手国の商品別の調達先、販売先情報
5.複数国の為替相場に通じて、送金その他で最大の利益をあげる法
6.貿易相手国の輸出禁止、輸入禁止品目の知識
7.国の内外を問わず、保険会社に関する法律上の知識
8.船舶の技術上の知識、船長以下、乗組員の給与水準の研究
9.あらゆる商品・物産について、あたかもすべて知っているかのような教養
10.航海術の必要十分な知識
11.法律・慣習・政治・風俗・宗教・工芸に関する外国語の習得
12.学者並みにとは言わぬが、ラテン語の学習
生徒B:大学の経営学部や経済学部の科目のように思えますが、どうなんでしょう?
【次ページ以降のポイント】
(1)ヨーロッパ言語の基盤の一つラテン語を学習せよ
(2)遠隔地交易こそもうかる仕組み
(3)銀流失は怖くない。個別取引が赤字でも国の貿易収支が黒字ならよい







