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1966年、連邦議会で圧倒的多数の支持を受けて首相に選出されたキージンガー。しかし、戦後西ドイツで元ナチ党員が首相となるのは、被害者らにとって到底受け入れがたい事実であった。そんななかキージンガー首相は、1人の若い女性ナチ・ハンターから平手打ちを喰らったことで、失脚の道を歩むこととなる。世界を揺るがしたこの大事件の舞台裏に迫る。※本稿は、ジャーナリストの中川竜児『終章ナチ・ハンター』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。
ナチスがドイツの首相に
なるのは許せない
仕事帰りのオットー・アドルフ・アイヒマン(編集部注/ナチ親衛隊将校として、数百万人におよぶ強制収容所移送の指揮的役割を担った)が、アルゼンチンの自宅近くでイスラエルの諜報機関によって極秘裏に拘束された1960年5月11日、フランスのパリで一組の男女が出会った。
「ずいぶん後になって、自分たちの活動を本にしている時に気づきました。不思議なこともあるものだと」
夫セルジュ、妻ベアテのクラルスフェルト夫妻はパリの事務所で顔を見合わせて笑った。インタビューの途中も2人は時に手を取り合った。長い生活で築いた信頼関係と愛情が分かるほのぼのとしたやり取り。だが、2人の横の壁には、1943~1944年当時のアウシュヴィッツ強制収容所の大きな俯瞰図が貼ってある。
夫妻は世界に知られたナチ・ハンター(編集部注/ナチ時代の犯罪に関わった者たちの責任追及を続ける活動家)だ。
2人は出会った3年後に結婚。長男には、セルジュの父にちなんでアルノと名付けた。1966年、幸せな生活を送っていた若い2人の歩みを大きく変える出来事が起きた。西ドイツ首相に、クルト・キージンガーが就任した。







