それでも僕は、「マジ辞めたい」と思ったことはなかった。それは、幕内教授のメスさばきと、論文や学会での国際的な活躍に、人を惹き付ける強烈な輝きがあったからである。

生命の神秘を感じさせる
肝臓の不思議な魅力

 ふだんの生活で「ヒトの肝臓を丸ごと」見ることはない。焼き鳥のレバー串に刺さっている三角形の肉、あれを500倍くらいに拡大して想像してほしい。

 大きさは牛乳パック1.5本分くらい(1000~1500ミリリットル)で、人間最大の臓器だ。僕たちが吸う酸素の20%、エネルギーの20%を消費して、生命に不可欠な化学合成や分解を担当してくれている。

 英語でLiverと呼ぶのは、その昔、肝臓こそ生命の源だと考えられていたからだろう。「キモが据わる」「肝心かなめ」「肝っ玉かあちゃん(これも絶滅危惧種?)」――日本人も、この赤黒く巨大な臓器に、ある種の畏れを感じていたに違いない。

 もうひとつ、肝臓の大きな特徴は驚異の「再生能力」だ。と言っても、トカゲのように尻尾がニョキっと再生するわけではない。

 正常な肝臓なら、70%の肝臓を失っても、残りの30%がムクムクと肥大して機能を代償してくれる。この興味深い現象こそ、僕を「肝胆膵」というヤバい専門領域に導いた恩人でもある。

 もう少し肝臓の構造について説明しておこう。普通の臓器は動脈から酸素を多く含む血液が流入し、静脈から抜けていく。肝臓は、動脈に加えて「門脈」という特殊な血管が並走していて、食道を除く「すべての腸管」から栄養分を含む血液が肝内に流れ込んでいる。門脈は肝臓に入ると枝分かれし、肝臓の8個の区画に血液を供給する。

図・フランス人外科医クイノーが提唱した肝区域(S1~S8)同書より転載 拡大画像表示