言語や文化の異なるグループが隣り合って住む。同じ職場にいる。その場合、大小を問わず必ずトラブルは起きる。それは避けて通れない。
幸か不幸か、異文化コミュニケーションの機会も、トラブルの耐性を培う必要も、多くの日本人にとってはあまりなかった。しかし今後はどうか?耐性を培うには、少しずつ慣れていくしかない。だから筆者は、大勢の外国人が短期間に日本に入ることには反対だ。
しかし、外国人を受け入れざるを得ない状況を迎えるならば、互いのためにも外国人に日本を深く知ってもらわなくてはならない。
挨拶には、日本の心が凝縮されている
まずは、ほんのちょっとした挨拶から始めるのがいいと筆者は考える。挨拶には、日本の心が凝縮されているからだ。
そして、kawaiiが世界で受け入れられたのと同じように、日本独特の挨拶も、人類共通の感情・感性の一部だと考える。日本社会が持つ高い規律性に、そうした日本の心がいかに息づいているかを知れば、異なる文化圏から来た人間であっても日本社会に溶け込みやすくなるのではないだろうか。
試しに、次の挨拶のニュアンスを考えてみよう。
◆「行ってきます」「行ってらっしゃい」「お邪魔します」
◆「いただきます」「ごちそうさま」
◆「お疲れさまでした」「頑張って!」「おかげさまで」
これらの挨拶のどれも、そのまま英語に対応する言葉はないと筆者は考える。辞書を引けば英訳されているのだが、「なんか違うな」と感じる。違和感を覚えるものばかりだ。
その違和感を外国人に説明することが、「日本人とは何か」と自己を考え直す絶好の機会になると思う。








