数学的に生きるということは
仕事に「少なさ」を求めること

「具のないラーメン単品」を作るときと、「野菜たっぷりのラーメンと餃子」を作るときとでは、前者のほうがその調理は早く完成します。なぜ差が生まれるのか。答えはひとつしかありません。完成までにすることが、少ないからです。

 私は仕事において、「速い」わけではなく、することが「少ない」だけなのです。少ないから、結果的に速くやっているように見えるだけなのです。

 することが少ないほど結果として早いとするなら、この二者は「Xが小さいほどYは大きくなる」といった関数的な関係性になります。私にはこれがシンプルな数学に見えます。

 数学の論述には、少なさが求められます。長い記述の公式ではなく、少ない記述によりひと目で認識できる公式のほうが優れていて、しかも美しいのです。

 しかし数学の論述に、速さは求められません。計算問題を解くのが速いといった能力が良いとされるのは一部の学校教育や受験などの場であり、本質的にはそれは数学の能力ではありません。ものすごいスピードで黒板に数式を書く数学教師がすごいと評価されるのは、ドラマや映画の中だけです。

 数学に、速さは要らない→仕事に、速さは要らない

 数学に、少なさは要る→仕事に、少なさは要る

 数学的に生きるとは、少なさを求めて生きること。ですから数学的に仕事をするとは、少なさを求めて仕事をすること。私は仕事が速いわけではなく、少ないだけ。でもそういうはたらき方をとても気に入っています。

 あなたの仕事に、「少なさ」が必要なことはあるでしょうか。