井上:糸井重里氏の「いのちを捧げる覚悟」に通じる言葉ですね。こうした物言いが炎上するのは、僕たちが生きる日常の世界=市民社会の論理を逸脱しているからです。市民社会は、しばしば誰かの「いのちを捧げる覚悟」で支えられているにもかかわらず、自らの論理でそれを正当化することができない。

 唯一の例外が、自衛隊員の服務の宣誓(「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」)ですが、そうした存在に守られていることを直視したくない国民は少なくないでしょう。

坂元:原発に関する技術や被災状況を理解していない官邸がいちいち口を挟んでくる、本店は官邸への忖度から現場に無理を強いてくる。つまり行政や組織上層部が足を引っ張ってくるなかで、現場がなんとかしなくてはいけないという状況です。

井上:刻々と苛烈さを増す現場の危機的な状況に対処しつつ、官邸と本店からの場当たり的な指示に応対する、という「三正面」作戦をずっと強いられるのが、観ていて本当に胃が痛くなりました。

ベテランが危険に身をさらす
からこそ若手はついていく

坂元:現場では、吉田所長や伊崎当直長が指揮官として苦渋の決断を迫られる場面が何回も出てきます。

 たとえば、原子炉の格納容器の圧力を外に逃がす「ベント」を手動でおこなう際には、誰がそれをやるのかを決めなければならない。伊崎当直長が「建屋内は真っ暗で状況がわからない。線量もかなり高い。だから若手を行かせるわけにはいかない。それでも、自分が行けるという者は手を挙げてくれ」と呼びかけますが、誰もなかなか手を挙げようとしません。

 沈黙が広がるなか、伊崎自身が手を挙げて「誰か一緒に行ってくれるヤツはいないか」と言うと、次々に手が挙がる……やはり先頭で自分を危険にさらす指揮官を信頼して、部下たちはついてくるのですよね。

 そして、ほぼ全員が手を挙げたところで「だけど若手はダメだ。ベテランから選ばせてくれ」となる。