井上:なるほど!ある意味では、「死」と引き換えに「父になる」覚悟が決まる、という儀礼なのかもしれないな(笑)。
坂元:アメリカらしいわ~。
「ブレイブ」は100%の
称賛を意味していない!?
坂元:ハリウッド映画なので、作戦が成功した後には皆で抱き合って大喜びとなります。ただ、その成功のために犠牲者が出ている。当人が自発的に選択し、納得のうえで行動した結果とはいえ、お祭り騒ぎの一方で悲しむ遺族がいるわけですよ。
《インデペンデンス・デイ》では、特攻したラッセルの息子に「君のお父さんがなしたことは本当に勇敢だった(very brave)」と、そっと声をかける人がいる。
《アルマゲドン》では、恋人は帰還したけれども父を失ったグレースに、「私の知る限り最も勇敢な人(the bravest man I've ever met)の娘さんですね」と軍人が話しかける。そのとき、どちらもブレイブ(brave)という単語を使っています。
井上:あ、そういえばそうですね。「ブレイブ=勇敢」と翻訳して済ませてきましたが、何か気になりますか?
坂元:たとえば、わたしが外国の人とがんサバイバーとして話をするときに、「それはso braveだね」とか「braveな決断をしたんだね」みたいに無意識に使ってきたんですが、近い言葉は他にも「courageous」「valiant」などあるのに、なぜ「brave」なんだろう?と思ったんですよ。
英語のbraveの語源は、中世ラテン語のbravus(熾烈な、悪党)barbarus(野蛮な、未開の)などとされています。「勇敢」には蛮勇とか野蛮のような、少し「正しくない」ニュアンスがあるんでしょう。自ら死を選ぶという行動は、本来なら正しいとは言えない。でも、みんなのためにやむをえないという状況がある、ということかなと考えられます。
その意味で、《インデペンデンス・デイ》のラッセルも、《アルマゲドン》のハリーも──決して「正しい」行為とは認められないけれど──ブレイブなヒーローだった。アメリカの特攻文学はブレイブの物語(Brave Story)と言えるのではないでしょうか。







