坂元:日本では、明治時代に制定された金鵄勲章が軍人に与えられる唯一の勲章で、武功のあった陸海軍の軍人と軍属に与えられましたが、太平洋戦争後に廃止されました。
井上:身分や階級を超える名誉の原理という意味では、金鵄勲章以上に、靖国神社が果たした役割が大きかったのではないかと思います。「名誉の戦死」という言い方がありましたが、戦死したら英霊として靖国に祀られる。平民でも二等兵でも、神様となって天皇陛下のご親拝を受ける。これ以上の名誉はありません。
英霊のなかでも、とくに特別の勲功を挙げた場合は「軍神」と称えられ、特攻隊員は死ぬ前から「生き神様」と崇められました。
靖国神社は、たしかに名誉の原理の中核にありましたが、結果として、多くの命を粗末に扱うことにもつながりました。最高の名誉は、乱発してはいけないんです。命と名誉、両方の価値を下げることになりますから。
米英でも「義務を超えた勇敢さ」に最高の名誉を与えてはいますが、その審査は大変厳格で受章者も希少です。逆にいえば、それだけ義務や命令のなかで自分や部下の命を大事に使うことが、徹底されていたということなんですよ。
国家の論理を超えて
個人が命を投げ出す瞬間
『人はなぜ特攻に感動するのか』(井上義和、坂元希美、光文社)
坂元:なるほど。《インデペンデンス・デイ》のラッセルと《アルマゲドン》のハリーは、いずれもアメリカ大統領から名誉勲章が授与されたでしょうね。日本の特攻隊員の「名誉の戦死」とはだいぶ違いますよ。
井上:本来は、どの国でも「特攻せよ」と命令することはできませんし、作戦計画も必ず生還させる前提で立てられます。政府や軍隊はそうした制約条件のなかで、兵士たちの命の使い方を考えるものです。作戦が失敗したとわかったら、すぐに兵士を生きて帰らせることが最優先となる。
だからこそブレイブは最高の名誉になりうるのです。お上頼みも神頼みも超えて、ひとりの人間が持っている「最後の力」を振り絞る(Last Full Measure)という究極の自由でもって、自らの命を投げ込んでいくわけですから。







