安さと高付加価値の二極化
求められる現場感覚と経営視点
現在の市場はシンプルに言えば二極化している。できるだけ安く泊まりたい層と、多少高くても特別な体験を求める層である。その結果、ホテル側は「どの価格帯で勝負するか」を明確にしなければならなくなった。
高単価を実現するための鍵は、「非日常性」にある。たとえば、絶景やリゾート立地、オールインクルーシブ型のサービス、1棟貸しやプライベート空間といった、日常では得られない体験を提供できるかどうかが重要になっている。
宿泊のあり方自体も変わってきている。かつてのビジネスホテルは出張客向け・シングル中心が基本だった。しかし現在は、レジャー利用やシニア層の旅行が増えたことで、ダブルやツインの需要が高まっている。
特に注目されるのがアパートメントホテルだ。これは単なる長期滞在向けではなく、3〜4人以上で泊まれる、家族や友人グループに対応、キッチンや洗濯設備付きといった特徴を持つ。インバウンドでは親族や友人同士での旅行が多く、こうしたニーズが従来のホテルでは十分に満たされていなかった。その隙間を埋める形で、新しい市場が広がっている。
もう一つ大きな流れが、規模の経済の重要性だ。人件費や建築費が上昇する中で、同じサービスを提供しながら利益を確保するには、コストを抑える工夫が欠かせない。そのため、仕入れの一括化、本社機能の強化、会員制度による囲い込みなどを実現できる大規模チェーンの優位性が増している。
一方で中小規模のホテルは、チェーンに参加する、アライアンスを組む、あるいは高付加価値路線に特化するといった形で生き残りを模索している。
そんな中、ビジネスモデルにも変化が見られる。以前はホテルを新規に建設して拡大する動きが中心だったが、現在は建築費の高騰によりそのハードルが上がっている。そのため、既存ホテルのリノベーション、ブランド転換(リブランド)、運営受託(マネジメント契約)といった「運営力」を軸にした成長が主流になりつつある。
また、不動産投資の観点でもホテルは注目されている。人口減少の影響を受けやすい住宅やオフィスに比べ、ホテルは外部から人を呼び込めるため、成長余地があると見られている。
こうした変化の中で、企業が求める人材像も変わってきている。重視されるのは大きく2つだ。1つは、現場を理解する力である。実際に宿泊してみたり、現場で働いたりする中で、顧客が何を求めているのかを肌感覚で理解できる人材が求められている。そのため、在学中のホテルやレストランの現場でのアルバイト経験はプラスと考えられる。
もう1つは、経営の視点だ。単に「人を集める」だけでなく、「どうすれば収益につながるか」を考えられることが重要だ。観光客が増えても、地域にお金が落ちなければ意味がない。いわゆるオーバーツーリズムの問題も、こうした視点の不足から生じている。そのため企業は、現場スタッフとしてだけでなく、将来的に経営を担える人材を意識して採用を進めている。
ホテル業界は確かに成長している。ただし、その中身は一様ではなく、どこに身を置くかによって見える景色は大きく変わる。都市部か地方か、チェーンか独立系か、高付加価値路線か低価格路線か。こうした選択によって、キャリアの方向性も大きく変わってくるだろう。
インバウンドという追い風はある。しかし、その風をどう活かすかは企業と個人の選択次第である。今のホテル業界は、そうした見極めがより重要になっているといえそうだ。
(立教大学 観光学部特任教授 沢柳知彦氏への取材を基に編集チームが構成)









