4つめに、これは後から気づかされたことでもあるのですが、長期戦略を構築するにあたって非常に有用になったのが私の趣味でもある歴史です。これはさらにふたつに細分化されて、「歴史は繰り返す」ことについての知識と、現代史についての知識それぞれが、経営にとても有益な情報をもたらしてくれました。
前者の「歴史は繰り返す」はたとえばAIで仕事が消滅するプロセスを考察するにあたって、歴史上のラッダイト運動を参考にする局面で生きてきます。「産業革命のときも機械打ち壊しがあったんだよね。AI生成のイラストを使うなといっているヒトはあれと同じだよね」という意見には共感できるでしょう。
しかし実際にこれからどんなことが起きるかを考察するには、表面的な知識以上のもう一段深い教養が必要です。ラッダイト運動はどのような立場の人が主導したのか?どのような結果になったのか?当時と現代との違いは何かといった細部を学ぶことで、AIがこれから引き起こす未来についての考察は一段深まります。
後者はたとえばホルムズ海峡封鎖の考察で生きてきます。現代史の中で中東戦争、イラン革命、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、イラク戦争をきちんと学んでいれば、今起きている事態が2026年後半の日本経済にどのような影響をもたらすのか、何を備えなければいけないのかを考えることが素早くできます。
もちろん、これら4つの知識を大学で学ぶ機会がなかった理系の学生でも、AIに尋ねれば解説から対策の指南までAIが答えてくれるのも事実です。とはいえ大学の4年間で基本的な履修が済んでいる文系学生のほうが、同じAIに質問をする際にもエキスパートとしてよりよいプロンプトで回答を求めることができるのです。
これは先述したように「ベテラン社員の方が新入社員よりもAIでいい仕事ができる」のと同じメカニズムの現象です。そして私の経験から振り返ると、ここで挙げた以外の知識も含めて、文系の教養や知識は大企業の中で幹部社員になっていくプロセスにおいては有利に働く要素だと私は思うのです。
さて、話を整理してみます。
結局のところ2040年に社会人として活躍できるためには、「AIやロボットの利活用ができる」という能力は理系・文系にかかわらず必須な能力になるというのが大前提でしょう。
そのうえで未来の日本経済で活躍する人材像を考えると、必ずしも理系有利とはいえないというのが私の考察です。
もちろんグーグルやマイクロソフト、OpenAIやアンソロピックでAI開発をするような人材は別で、そういった理系必須な職場があることは事実でしょう。しかし通常の職場では、AI活用をする際には文系で学んだ学問が役にたつ局面の方がずっと大きい。なぜなら社会は人間関係で構築されているからです。








