戦後ドイツ繁栄モデルの同時崩壊

 安全保障の変質はそれ単体では終わらない。それはドイツの経済モデルの崩壊と連動しており、両者が相乗することで、ドイツが置かれた構造的苦境の輪郭が鮮明になった。

 メルケル政権下のドイツの繁栄は、次の3本柱の上に成立していた。

(1)安価なロシア産天然ガスの確保
(2)巨大な成長市場である中国の取り込み
(3)ユーロ安という永続的な通貨優位

 ところが、2022年以降にこの三本柱が驚くべき速さで崩れ落ちていった。

(1)のロシア産ガスは、ウクライナ戦争により遮断され、高水準の燃料価格高騰を招き、国民の生活を圧迫し、ドイツ産業を停滞させた。(2)の中国市場は、電気自動車(EV)の国産化を中国が急速に進め、ドイツ車の牙城であったプレミアム市場を侵食し、独自動車産業が停滞し始めた。(3)のユーロ安は、トランプの関税政策によって実質的に無効化された。

 このうち、ドイツにとって最も深刻なのは、(3)の「ユーロ安」が期待できなくなったことだ。これまでドイツは、経済好調で自国通貨が大幅に切り上がるはずのところを、南欧諸国と同じユーロに縛られることで、「永続的な割安通貨」の恩恵を享受してきた。これがドイツの圧倒的な輸出競争力を支える源泉だった。

 ところがトランプ大統領は、欧州車への関税を15%から25%に引き上げることで、このドイツの強みを相殺してしまう。その上、円安と同時に起こったことで、自動車で競合する日本や中国との競争においても不利な立場に追いこまれることになった。

 そこに追い打ちをかけたのが、ドイツが本質的に「輸入しない国」であるという構造的問題だ。ドイツは長年、世界最大級の経常収支黒字国であり、「売るだけで買わない」という姿勢は、オバマ政権時代からIMFや欧州委員会の批判を招いてきた。対米貿易黒字は米国の製造業と直接競合する形で積み上がっており、トランプ的論理では「同盟のただ乗り」以外の何物でもなかった。

 そのため、トランプ大統領によるドイツへの要求、ひいてはEUへの要求は、同盟国とは思えないほど強硬なものになってしまう。こうして2025~26年にかけて、ドイツの戦後繁栄を支えたすべての条件が同時に終焉を迎えた。成長見通しは大幅に下方修正され、企業景況感は6年ぶりの低水準に沈んでしまったのである。

 安全保障の弱体化と経済モデルの崩壊が重なったドイツが直面しているのは、景気後退ではなく、戦後体制そのものの解体であると考えるべきだろう。