日本に残る構造的リスク

 日本に地政学的な追い風が吹いているのは事実だが、それはリスクがないことを意味しない。

 まず、深刻な労働力不足と生産性の低さという構造的な国内問題は依然として残っている。製造業回帰の追い風を受けても、それを受け入れる現場に人材が育っているとはいえず、規制や行政の硬直性がイノベーションを阻んでいる状況も改善されていない。製造拠点として「選ばれた」としても、それを実際の産業力強化に変換できなければ大きな成長は望めない。

 次に、トランプ政権の優先順位はディール(取引)の論理によっていつ変わるかわからないことだ。今日の優遇が明日も続く保証はない。日本がパートナーとしての価値を維持するには、「買う国」「投資する国」「技術で補完する国」としての実績を切らさず継続的に積み上げる必要がある。

 そして何より忘れてならないのは、日本自身の対中依存もまだまだ深いという現実だ。中国外しはあくまで軍民両用技術など先端産業が中心であり、それ以外の製造業サプライチェーンの脱中国化や中国経済の減速が与える影響は、「対中リスク」の受益者となっている日本にも直接、跳ね返ってくる。

 また、ドイツはEU経済の中心であり、EU全体でドイツ経済を守るための「対日シフト」をとることも、リスクとして残っている。現在、EUが検討している域内の環境技術を支援する法案では、日本のEVやハイブリッド車などを公的補助や公共調達の対象から外そうという動きがあり、日本当局も警戒を続けている。

 今後、EUで意図的な「日本外し」が強化されるのは間違いないだろう。

「売るだけ」から「共に戦う」へ

 今回の米軍撤退は、ドイツ優位の時代がついに終わりを告げた象徴である。冷戦という共通の脅威が消えた後、米欧同盟を支えてきた経済的・産業的な相互依存が、静かに、しかし確実に解体されつつある。

 日本にとっては、歴史的な好機が開かれている。対中抑止の前線、精密製造の担い手、大規模な対米投資国という3つの役割を同時に果たせる国は、世界に数えるほどしかない。

 トランプ的世界観が示した新しい同盟の論理はシンプルだ。「アメリカに売るだけでなく、アメリカから買う国。アメリカに守られるだけでなく、アメリカと共に戦う国。アメリカに依存するだけでなく、アメリカの補完ができる国」が、次の時代の真の同盟国に必要な資質である。

 米軍撤退というニュースの背後で、世界の製造業と安全保障の地図が、静かに塗り替えられているのである。

(評論家、翻訳家、千代田区議会議員 白川 司)