スカリーさんが続けた。

「スティーブは、日本の文化や芸術から、マッキントッシュと呼ばれることになるエレクトロニクスの新製品へと、簡単に行き来することができたんです。マッキントッシュのデビューは、まだ1年も先のことだったんですよ」

 1984年1月、会社の命運を賭けたマッキントッシュのデビュー(編集部注/ジョブズがプレゼンをした発表会)で、スクリーンに浴衣姿の女性が映し出されたのは、必然だったのだ。

「マッキントッシュ」に映し出された日本人女性の絵マッキントッシュの映像 Ⓒ Computer History Museum 同書より転載

 ジョブズが兜屋画廊(編集部注/ジョブズが新版画を買い集めていた銀座の画廊)で「髪梳(す)ける女」(編集部注/橋口五葉による1920年の作品)を購入したのは、その半年前だった。

 彼にとって「髪梳ける女」は、自己表現を象徴する作品だったのだ。ジョブズは、日本から学んだすべてをマッキントッシュに注ぎ込んだ。

iMacのデザインの原点は
信楽焼の壺の「丸み」か

 ジョブズのモノづくりへのこだわりは、信楽焼の「蹲」(うずくまる)という壺(編集部注/1999年、ジョブズは東京で壺の収集家を訪れ、「蹲」にもっとも興味を抱いた)をさわりながら、肩のカーブの感触を確かめていたときの姿とも重なる。

 スカリーさんが、ジョブズが品定めをする様子について語った。

「スティーブは、マウスなど、なんでも手にとって確かめるようになりました。製品を手にとってはさわり心地や見え方などを、いろいろな角度から確かめていました。その製品には、デザイナーが取り組んでいたバージョンが3つか4つあり、自分の好みのものを選ばなければなりませんでした。

 彼は市場調査には関心がなく、信用もしていませんでした。どんな素材を使うか。どんな形にするか。自分の感覚を信じていました。かなりの自信をもっていました。彼が重視していたのは、製品がユーザーにどんな印象を与えるのかということでした。製品を欲しいと思わせることができるか。製品に惚れ込んでもらえるかということです」