「AIの知的な正しさ」と「人間の感情的な不完全さ」。この2つの衝突は、AIが暮らしの中に溶け込んでいくこれからの未来で、きっと多くの人がぶつかる壁になるはずです。正しすぎる超真面目な相手と暮らすのは、あんがい息苦しいものなのかもしれません。
「私たちの4oを返して!」と
人々が叫んだ切実な理由
こうした葛藤は、すでに現在の世界でも顔を覗かせています。
象徴的だったのが、2025年にOpenAI(オープンエーアイ)から最新モデルの「GPT-5」が登場したときのことです。このリリースにともなって、それまで主流だった「GPT-4o」の提供が終了することになりました(※その後、復活し2026年2月13日に「GPT-4o」のサポートが終了)。
新しいGPT-5は、スピードも正確さも、論理的な思考力も、あらゆる面で前のモデルを大きく上回る完璧な知能を持っていました。
ところが、いざ蓋を開けてみると、ネット上では「私たちの4oを返して!」という声が溢れ、異例のムーブメントが巻き起こったのです。
たしかに最新モデルのほうが仕事は早く、答えも正確です。でも、そのあまりの完璧さが、使う人にはどこか冷たく、機械的なものに映ってしまったのです。
一方で、4oには、返答の間にふとした「ためらい」があったり、時には的外れだけれどどこか愛嬌のある答えが返ってきたりする、不思議な「不完全さ」がありました。ユーザーはそのわずかな不完全さに人間らしい温かみを感じ、単なる道具としてではなく、大切な対話のパートナーとして愛着を抱いていたのです。
この出来事は、私たちがAIに何を求めているのかを改めて突きつけました。私たちが求めているのは、データに基づいた「正しさ」や、頭の良さを示す「IQ」の高さだけではないということです。
むしろ、人間の矛盾や弱さにそっと寄り添い、時には非論理的な感情までも丸ごと受け止めてくれる共感力。そんな「心の知能指数」とも言える「EQ」の高さこそが、AIが私たちの真のパートナーになるために、何より大切なのかもしれません。







