もし、労働生産性や交易条件の改善がないところで賃上げを実現しようと思えば、労働者は限られたパイの分捕りあいとなって経営者と鋭く対立しなければならない。まさに労使対立の賃上げ交渉である。
それが、価格転嫁を前提とした賃上げであれば、労働生産性や交易条件の改善などなくても、賃上げに必要な資金を製品値上げで捻出することができる。なんのことはない、企業は、賃上げコストを企業の顧客である家計や他の企業に負担してもらっているわけである。
こうした労使協調の賃上げは、労使ともに痛みがないように思われる。しかし、数多くの企業が値上げしたもろもろの商品価格が集計されて消費者物価や国内企業物価(企業が取り扱う諸商品の物価指数)に反映されていく。
すると、消費者物価も、国内企業物価も上昇する。消費者としての労働者は、賃上げ分を打ち消しかねない物価上昇に直面するかもしれない。一方、製品購入者としての企業も、国内企業物価が上昇して、仕入れコストがかさむようになる。
賃金と物価の好循環は
絵に描いた餅で終わった
ここまでの説明では、労使双方ともに痛み分けのようにみえる。しかし、企業は、消費者とちがって、仕入れコストの上昇をさらなる値上げでまかなうことができる。価格転嫁に対する社会的合意のおかげで、多くの企業は、賃上げコストだけでなく、仕入れコストの上昇についても便乗値上げを躊躇なく行うことができる。
数多くの企業は、結果として賃上げ以上の価格値上げをしてしまうわけである。
こうして見てくると、労使痛み分けでないことは明らかである。企業のほうは、賃上げコストも、仕入れコストも、値上げでカバーできて盤石である。一方、消費者としての労働者は、賃上げ以上の物価上昇で実質賃金の低下に悩む。
このようにして労使協調の賃上げという、一見すると不思議なマクロ経済現象が実現するわけである。企業は賃上げコストも、仕入れコストも負担することがない一方、労働者は賃上げ以上の物価高でコスト負担を引き受けざるをえなくなる。







