こうして見てきて明らかなように、「賃上げ」の対象となった名目賃金の集計と「値上げ」の対象となった諸物価の集計のあいだには、マクロ経済の運動法則といってもよい万有引力の複雑な作用が働くわけである。

 読者は、私が理論的な可能性を述べているのにすぎず、「現実は理論どおりに動かない」というかもしれない。

 しかし、労働者や消費者にとっては不快なことに、一方、経営者にとっては愉快なことに、そして、マクロ経済の診断者にとっては非常に興味深いことに、現実が理屈どおりに動いてきた。「賃金と物価の好循環」のキャッチフレーズのもとに価格転嫁を前提とした賃上げ交渉が定着しようとしてきた22年以降、実質賃金は改善しなかった。また、企業で産み出されたパイのうち、労働者の分捕り度合いを示す労働分配率は、大きく低下してきている。

日本の労働生産性は
実はずっと右肩上がり

 ミクロ経済学では、実質賃金が労働生産性に比例すると習ってきたこともあって、実質賃金の長期停滞の背景にも、労働生産性の長きにわたる低迷があったにちがいないと見当をつけてみたが、どうやら見当ちがいだったようだ。

 図3-4では、二つの方法で労働生産性を求めている。第1は、就業者1人当たりの実質GDPであり、第2は、就業時間当たりの実質GDPである。

図3-4 労働生産性の推移(1994~2024年、2015年基準、単位:円)同書より転載 拡大画像表示

 総就業者数も、総就業時間数も、総務省統計局が報告している労働力調査から得ている。総就業時間数は、就業員1人当たりの週就業時間数に総就業者数と50週/年をかけて求めている。なお、2011年の総就業時間数は、東日本大震災のためにデータが得られない。