高級車が中心のBMWやメルセデスが苦境に陥っている原因の一つは、習近平の「共同富裕」政策と消費マインドの冷え込みで中国の高級車需要が剥げ落ちたことにある。ドイツ高級車ブランドへの依存度が高かっただけに、その打撃は深刻だった。
かつてドイツ製造業の強みは、徒弟制を土台としたクラフトマンシップにあると指摘されてきた。「ドイツで開発し、欧州で生産し、世界中で販売する」が、ドイツの不変のビジネスモデルとされてきた。
だが、もはやそれが通用しなくなっている。6月の株主総会でのVWのオリバー・ブルーメ社長の言葉は、VW一社の問題ではなくドイツ産業モデル全体の終焉を告げている。
ドイツ産業に吹いていた「三つの追い風」
現時点で、自動車産業において、ドイツ企業より日本企業のほうが好調である。ホンダや日産などはたしかに苦境にあえいでいるが、少なくとも問題の所在は明確で、対処の方向性は見えている段階にある。
それと比べると、VWなどドイツ自動車産業の苦境は、出口戦略の糸口すら見えないという意味ではるかに深刻だと言っていいだろう。
では、なぜ長期デフレや円高に苦しんだ日本企業が、長らく好況を続けていたドイツ企業より競争力を保持できたのだろうか。
2000年代から2010年代にかけて、ドイツには「三つの追い風」が吹いていた。ロシア産天然ガスによる低廉なエネルギーコスト、中国の高度成長に乗った高級車・機械の爆発的需要、そして、自国通貨なら高騰していたはずのマルクの代わりに享受したユーロ安だ。
この環境下で、ドイツ政府は労働者の労働環境の向上に注力した。強力なドイツ労組も「好況なんだから賃上げして当然」とばかりに高い賃金上昇を求め続けた。たしかにドイツ産業はこの期間、盤石であり、痛みを伴う改革の必要性を感じるような状況ではなかった。
それとは対照的に、日本のデフレは、企業に「生産性を上げなければ、企業が滅ぶ」とばかりに、人件費を削減し、極限まで生産効率を高めることを迫った。







