筆者がクルマの話ではなく、「カレーが大人気みたいですね」と俊宏氏に水を向けると、「インドカレーの他にも、実はハンガリーワインも扱っているんですよ。ビジネスではつながりを大事にしていく、伝承するのが大切です」と返ってきた。スズキは冷戦終結後の1991年、東欧のハンガリーにも進出し、今やハンガリー全輸出額の約3%を担う同国内最大級企業である。
スズキ第5代社長の鈴木俊宏氏(HPより)
「伝承」するけど「反面教師」にも
カリスマ経営から脱却・シフトへ
嫌な顔ひとつせず答えてくれた俊宏氏は、父・修氏の逝去から1年半が経過した今、まさに「伝承」を大切に「俊宏流」経営への脱却・移行を明確に進めている。
俊宏氏が社長に就任したのは2015年6月であり、すでに社長業は12年目に突入している。ただ、修氏が元気で代表取締役会長だった時期も長いので、21年6月に修氏が相談役になった前後からが、実質的なシン・スズキ俊宏体制といっていいだろう。
修氏が会長職を退く直前、筆者は修氏に最後のロングインタビューを行った。その際の話はどれも印象に残っているのだが、とりわけ「伝承」に関して聞くと、こう返って来た。
「長くスズキを率いてきましたけど、義父の鈴木俊三から任された、『娘婿の意地』でここまでやってきただけですよ」
「49勝51敗で、失敗のほうが多かったと思う。結果的に運が良かった。今後は『トシ』がしっかり、やってくれます」
トシとは、もちろん俊宏氏のことだ。修氏は創業家の娘婿だが、俊宏氏は生まれた時から御曹司である。修氏は、岳父の俊三氏の『俊』をとって初男子の名前に俊宏(としひろ)と名付けた。
筆者からすると、俊宏氏と修氏の経営スタイルは真逆だ。修氏は娘婿といっても起業家精神にあふれ、類まれな才覚と人望で、ある意味ワンマン経営、トップダウン経営だった。一方の俊宏氏は、「チームスズキ」の集団経営体制に移行し、うまく周りを頼りながら長く先を見据えた堅実志向に見える。
俊宏社長は、「鈴木修の偉大さは、身近にいたからこそわかるし、到底真似はできない」「新しい時代では、うまく“反面教師”としてやっていかなければならないこともある」と語ってくれた。







