
心にも包帯を
「学べば学ぶほど、安易には答えられなくなるのが看護ですよね。何をどこまでどうしたら、患者は一人一人違い、状況は時によって変わっていく」
まさに、捨松の言葉どおり。どうしたらいいか、誰にでも当てはまる最適解はない。山本夫婦もそうで、一人一人の望むものは違う。正解がひとつだったらそれを覚えてただ繰り返せばいい。どんなに楽だろう。
でも正解がいくつもある場合、常に自分の選択眼が問われる。神経を研ぎ澄ませていないとならない。看護は過酷な仕事だなあと、りんと直美の姿を見て思う。
待機場でひとり、包帯を巻く練習をしているりん。直美は練習台を買って出る。
どんなに練習したところで、技術はもう十分あるはず。気持ちの問題なので、りんの気持ちが収まらない限りうまく巻けないだろう。
「看護とは何か」
直美は改めてりんに問う。
「看護師としての正しいと、人としての正しい。私、間違えてばっかりだから、考え出すとわからなくなってきて……」
直美はわからないのはりんだけじゃないと言う。
「もし私がりんと同じことになったら、どうしたらいいか分からない。私はトヨさんを入院させてあげたかったけど、山本さんは家にいたかったのか」
「ただ、生きたかったと思う」などとおしゃべりしながら、りんはようやく包帯を巻き終える。
ふたりの会話は心に包帯を巻くこと。包帯を巻きながらりんは心を落ち着かせたのだろう。
直美「今日当直だったよね。代わらせてくれる」
りん「うん大丈夫」
包帯はあくまで傷口を守るためのもの。包帯で外からの刺激を守りながらゆっくりと傷を癒やすしかない。
直美もまだトヨの死を受け止めきれていなかった。
長屋の人たちだって臨終のときはできるだけ明るく振る舞っていたが、内心は違うだろう。チュウも「家にいたら年寄りの足、一日中、揉まされそうなんで(団子屋で)働いてます」と冗談を言うが、彼も悲しみが癒えていないのだと思う。
何にしても人の死は悲しい。
コロナ禍のとき非常に読まれた小説があった。疫病を題材にした古典的文学『ペスト』だ。そこには、疫病は人間に不幸と教訓をもたらすものと書いている。著者はカミュ。
彼の代表作のひとつである戯曲『カリギュラ』に「人は皆死ぬ、だから幸せではない」というようなセリフがある。主人公カリギュラが最愛の妹を亡くして生きることに絶望してしまうのだ。
筆者はその禅問答のようなセリフがとても印象に残っている。病は人間の幸福に暗い影を落とす。医療従事者の仕事はじつに重要である。








