開城後、生き残った者たちを襲ったさらなる悲劇

 鳥取城が開城すると、城内には餓死寸前の人々があふれていました。

 秀吉軍は彼らを哀れみ、粥を炊いて与えます。

 ところが、長期間ほとんど食事を取れなかった人々が急に食べ物を口にしたことで、次々と命を落としてしまったのです。

 これは、現在でいう「リフィーディング症候群」だったのではないかと考えられています。極度の飢餓状態にある人が急激に栄養を摂取すると、体内のリンやカリウムなどのミネラルバランスが崩れ、心不全や呼吸不全を引き起こすというものです。

 せっかく生き延びた多くの人々までもが命を落としてしまったことで、鳥取城の悲劇は、いっそう深いものとなったのです。

鳥取城から見た鳥取市街鳥取城から見た鳥取市街(久松公園) Photo:PIXTA
鳥取城跡の巻き石垣鳥取城跡の巻き石垣 Photo:PIXTA 拡大画像表示

 次ページの動画ではこの他、切腹した吉川経家が、子どもたちへどんな遺言を残したか?という話もしています。