
「つかみはOK」「聞いてないよォ」「ヤー!」――数多くのギャグとともに、結成から40年を迎えたダチョウ倶楽部。浮き沈みの激しい芸能界で、なぜ、ダチョウ俱楽部は多くの人に長く親しまれているのか? 新卒社会人向けメディア『フレッシャーズ・コース2027(*)』にも登場している、リーダーの肥後克広さんは、そのインタビューの中で「自分は、誰かを引っ張るわけでもなく、方向を示すわけでもなく、何となくまとめていくタイプ」だと語っている。変わりゆく時代の中でのリーダーとしての姿勢、世代の異なる人たちへの接し方を肥後さんに聞いた。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)
* 『フレッシャーズ・コース2027』(ダイヤモンド社)は、全7巻ワンセットの新卒内定者フォローツール。肥後克広さんは、その第4巻「The Life」(著名人インタビュー)コーナーに登場している。
ダチョウ俱楽部が長く愛され続けている理由は……
1990年代、「つかみはOK」「聞いてないよォ」などのギャグで一世を風靡したダチョウ倶楽部。肥後克広さんはそのリーダーだ。メンバーの寺門ジモンさん、上島竜兵さんとともに、“熱湯風呂”“熱々おでん”といった、体を張ったリアクション芸でお茶の間を沸かせた一方、肥後さん個人は、親しみのある笑顔と癒しオーラで、芸能界きっての“愛されキャラ”として人気を保ち続けている。
そんなダチョウ倶楽部は、今年2026年、結成から40年の節目を迎えた。
肥後 僕たちが活動を長く継続することができたのは、タレントとしての敷居が低いどころか、そもそも、敷居なんて存在していないからだと思います。窓は全開で、玄関に鍵もかけてない。「ただ、そこにいる」というだけ。「ダチョウ倶楽部を嫌い」という人はあまりいないけど、「特に好き」という人もいませんね(笑)。もともと、僕たちは何か大きなことを成し遂げようとして集まったのではなく、僕が、「新人のコント大会に出たい!」と言ったものの、その日時をすっかり忘れ、芸人の先輩から叱られたことが出発点。だから、「絶対に成功しよう!」という気負いはありませんでした。そんなダチョウ倶楽部だからこそ、長くやってこられたのかもしれません。

肥後克広 Katsuhiro HIGO
1963年、沖縄県出身。1985年にお笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」を結成し、リーダーを担う。『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ!!』(日本テレビ系)の体を張った芸などで人気を得て、「聞いてないよォ」が、1993年の「新語・流行語大賞大衆語部門・銀賞」を受賞する。『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)など、数々のバラエティ番組に出演する一方、俳優として、連続テレビ小説『ちむどんどん』(NHK)、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)、映画『風のマジム』、劇場版『牙狼 〈GARO〉TAIGA』などにも出演。2025年に初の著書となる『頼る力』を発表した。
お笑い芸人であれ、アーティストであれ、アイドルであれ、多くのグループで避けられないのが、メンバーの方向性の違いや意見の衝突だ。メンバーの脱退やグループの解散も、芸能界では日常茶飯事だが、40年の間で、ダチョウ倶楽部に、グループ存続の危機はなかったのか?
肥後 危機と感じたことは一度もありませんでした。おそらく、「つかず離れず」という3人の距離感がよかったんでしょうね。「行くぞーっ!」とか「俺がお前たちを引っ張っていく!」といったものではなく、実にフワ~ッとした感じで、ずっと、フワフワしたまま。ただ、3人で共通の目的を持つということだけはやっていました。個性がバラバラな僕たちだから、それぞれのいいところやダメなところ、性格の違いを認めたうえでお互いを尊重してきた。相手を許すこと、認めることがメンバー間の衝突を避け、助け合いにつながったのでしょう。
『フレッシャーズ・コース2027』の「TheLife」コーナーにも登場している肥後克広さん。肥後さんのライフストーリーを読むことで、読者(企業入社内定者&新入社員)は、多くの気づきを得られる。必読のインタビューだ。







