後天的に育てることができる「エンパシー」

 自分とは違う考え方を持つ相手と、どうしたらスムーズにコミュニケーションをとることができるのか? 「価値観の違う人たちとうまくコミュニケートする簡単な方法があったら、世の中のみんながこんなに苦労しないですよ」と、鴻上さんは笑う。「こうすればいい」という万能な処方箋はないが、手がかりはある。鴻上さんが提示するのは、「エンパシー」という姿勢だ。

鴻上 「エンパシー」と「シンパシー」という言葉があります。たとえば、『シンデレラ』の物語を読んで、「シンデレラってかわいそう」と思うのは、同情心、つまり、「シンパシー」です。では、「エンパシー」とは何か? たとえば、「シンデレラの継母は、なぜ、シンデレラをいじめるのだろう?」と考えることです。辞書では、「エンパシー」を「共感力」と定義したりしていますが、「共感する」というよりも、「なぜなのだろう?」と考えられる能力のことを、僕は「エンパシー」と言っています。「シンデレラの継母は娘が2人いるシングルマザーで、シンデレラの父親と結婚したけど、経済的に苦労することになったからシンデレラをいじめたのではないか」とか、「自分の娘たちとシンデレラの容姿の違いをリアルに感じて、その怒りをシンデレラにぶつけたのだろう」とか……相手の立場に立って考えるのが、エンパシーです。

 多くの人が、「自分の好きなことを人にしてあげて、自分の嫌いなことは人にしないように」と、親や学校の先生に言われてきたでしょう。でも、自分の好きなことが相手の好きなこととは限らないし、自分の嫌いなことが相手の嫌いなこととは限らない。個人の価値観や、それぞれの人の「好き」を重んじる時代になったいま、「シンパシー」よりも、「エンパシー」が大切なのです。

 相手の立場に立って、「なぜそうなのか?」を考え続ける「エンパシー」の能力は、後天的に育てることができる、と鴻上さんは言葉を続ける。

鴻上 エンパシーの能力を育てられるのが、“演劇”です。「自分とは違う人」になるには、その「自分とは違う人」が何を考えているのかを想像することが必要ですから。学校教育で、生徒のエンパシーを育てようと思ったら、学芸会とまではいかなくても、15分くらいの演劇発表会を行い続けることをお勧めします。

 演劇でなくても、たとえば、「『桃太郎』に出てくる犬は、なぜ、きび団子ひとつで生死に関わる旅に出たのだろう?」と、友だち同士で語り合うのもいい。映画やアニメを観たり、漫画を読んだりするのもエンパシーを育てる訓練になります。「どうして、この人は、ここでこんなことをしたのだろう?」――そう考えることが、価値観の違う人とうまくやっていくための第一歩になるはずです。