「良い」という感覚にふたをしない

デザインが透明になるとき、そこにある「良さ」が立ち上がる──大原電線〈延長コード〉・鈴木 元GEN SUZUKI
英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート、デザインプロダクツ科修了。パナソニック、IDEOロンドン、ボストンオフィスを経て GEN SUZUKI STUDIOを設立。スタジオを自宅に併設し、生活とデザインを隔てないアプローチで、Herman Miller、無印良品、Omron など国内外の企業と協業している。米IDEA賞金賞、GERMAN DESIGN AWARD金賞、クーパーヒューイット国立デザイン美術館永久収蔵など受賞多数。金沢美術工芸大学客員教授、多摩美術大学、武蔵野美術大学非常勤講師。2023英D&AD 賞プロダクトデザイン部門審査委員長。2026グッドデザイン賞審査副委員長。
Photo by YUMIKO ASAKURA

 90%をやり尽くした後の10%。この直感は、経験を積んだデザイナーだけが持つ、研ぎ澄まされた特殊な感覚なのだろうか。

「研ぎ澄ますというより、蓋をしないだけでいいと思うんです。直感って、かなりの部分は身体的な記憶なんですよ」

 例えば、水の入ったコップをテーブルに置くとき、持ち上げやすく、手の動きの邪魔にならない絶妙な場所をさっと選ぶこと。多くの人がそれを訳なくできるのも、しっくりくる場所がどこかを、経験上、身体的に分かっているからだ。

「本来誰もが持っているこの感覚こそが、デザインの核心です。だから、デザイン教育を受けなくてもデザインの良しあしは判断できる。スーパーでおいしそうなリンゴを選ぶのも、雲を見て雨が降りそうだと思うのも、突き詰めれば同じです。人間も動物なので、こういうプリミティブな感覚がなければ生きていけません」

 しかし、多くの人はもはや、雲よりも天気予報を見るのが日常だろう。自分の外にある正解に頼っているうちに、自らの感覚にふたをしてしまう。

「やっぱり、人ごとにしてしまうと感覚は鈍ります。自分ならこれを買いたいか? 家族や友人が使っているところを想像できるか? こういう感覚の芯を捉えたプロダクトは、アルヴァ・アアルトのスツールみたいに、100年残る名作デザインになるのだと思います」

 鈴木は仕事中、事務所のある1階と、自宅のある2階をたびたび往復するという。

「1階で集中して何かを作って、いいものができたと思ったら、それを2階に持っていく。すると『大き過ぎるなあ』とか、『かっこつけ過ぎてたな』みたいな違和感が見えてくるんです。誰でも自分の中に複数の人格がありますよね。職業人だったり、お父さんだったり、ただのおっさんだったり……。生活の中で使うプロダクトならなおさら、デザイナーである自分から離れた生活空間でどう感じるかが大事です」

 専門家として考え抜く1階と、生活者として全体を感じる2階。その往復は、データやロジックを駆使して意思決定するビジネスの現場にこそ必要かもしれない。

「いわゆる創業社長って、直感に優れた人が多いですよね。自分の感覚だけで意思決定を通せる立場ということもあって、自分の感覚にふたをしていない。出来上がった延長コードを見て、大原さんたちみたいだなと感じたんです。デザインの存在が透明になっていた。それは、おふたりに『良い』という感覚がちゃんとあったからだと思います」

 鈴木が大原電線に持ち込んだのは、決して「正解」ではない。そこに既にあった技術や思想、作り手としての感覚をつなぎ、かたちとして際立たせるための視点だったといえる。

「プロダクトデザイナーとして大事にしているのは、その会社や経営者の思想、ビジネスとしての価値や社会的な意味、そして使い手の感覚。そうしたものが自然と一つにつながるかたちを見いだすことです。そこに、自分の専門性があると思っています」