後にゴーンを上回る高額報酬も珍しくなくなり、それに引きずられるように日本人経営者の報酬も上がっていったことを考えれば、もしゴーンがこの点を気にして不正を犯したのだとすれば、ばかばかしい限りだと思う。
ところが一方、長年にわたる経費の私的流用、中東を舞台とした特別背任容疑の事案(端的にいえば横領である)、後に明らかになったルノー関連の不正など、高額報酬に対する否定的な世論を気にしていたという点だけでは全く説明のつかないことも多い。
西川廣人 著『わたしと日産 巨大自動車産業の光と影』(講談社)
それに想定も想像もできなかった日本からの逃亡劇を見ると、カルロス・ゴーンという人物は、私が接してきた「尊敬すべき優れたビジネスリーダー」としての顔とは違った、全く別の顔を持っていたのではないかと考えざるを得ない。
ゴーンの不正はなぜ長年発覚しなかったのか。私も含めた他の取締役はなぜ気づかなかったのか。数多くの外部の方々から日産のガバナンスに問題があったのではないかとの指摘を受けた。そうした疑問を持たれるのも当然だろう。当時の取締役会が経営者の監視という機能を十分に果たせなかったとの指摘も全くその通りだと思う。歴代の取締役と共に、私も大いに責任を感じている。
取締役会や経営会議で数々の提案や議論に接してきたが、そうした不正の気配は微塵も感じなかった。しかし実際には数々の不正がゴーン自身と彼の少数の側近の下、長年にわたって水面下で行われてきたのである。だからこそ発覚しなかった。私を含めて他の多くの役員や社員には全く分からなかったというのが 偽りのない事実である。
とはいえ、悪事はいつか暴かれる。後日明らかになったのだが、ゴーンに代わって2017年4月に私が社長に就任すると、その年度中に経費などに関する内部通報があったようだ。それをきっかけに始まった監査役の調査で一連の不正が暴かれることになったのである。
社長就任から半年後の2017年秋、日本の工場で慣習的に行われていた完成検査の不正問題が発覚した。この長年にわたる不正(ゴーン体制になるはるか以前からの不正だった)がなぜそれまで摘発されなかったのか、日産の役員、社員のすべてが反省することになった。
新社長の私はその反省の一環として、社内に向けて次のように伝えた。
「不審や疑問に思うことがあれば、ためらわずに通報してほしい」
そのメッセージがゴーンの不正に関する内部告発の引き金になったのかもしれない。







