経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡Photo:AI Generated/Google gemini

元週刊ダイヤモンド編集長が高校生向けに実施している授業「大学への経済学入門」を基にした連載『経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡』。第14回はいよいよ、アダム・スミス(1723~90)の登場です。スミスはグラスゴー大学教授を辞任し、1764年2月から1766年10月まで3代目バクルー公爵のグランドツアーに家庭教師として同行し、大陸ヨーロッパへ渡りました。『道徳感情論』を出版してイギリスで名声を高めたスミスは、ヴェルサイユ宮殿のケネーのサロンにも出席しています。ケネーの『経済表』(1758)とスミスの『道徳感情論』(1759)の出版は1年違いで、ほぼ同時期でした。スミスはフィジオクラシー(自然の支配=重農主義)の知識もある程度はあったでしょう。二人が会った1765年、スミスは42歳、ケネーは71歳でした。

スミスは重農主義のケネーと
「国富論」執筆前に議論

生徒C:アダム・スミスはケネーと交流していたんですね。図書館で『国富論』の目次を見たら、重農主義を取り上げていますよね。

 アダム・スミスとケネーの交流と著作を時系列で並べるとこうなります。

生徒F:『国富論』執筆開始の1年前にパリでケネーと議論しているんですね。

 そうです。ですから『国富論』は重農主義に関する説明がかなりあります。どの程度議論していたかわかりませんが、ケネーらの論理を傾聴していたはずです。

生徒C:重農主義については『国富論』第4編「経済学の諸体系について」の第9章で取り上げています。ちなみに第1章から第8章までは重商主義批判ですね。

 スミスは渡仏するにあたって、ケネー派の重農主義者らとの議論に期待していたようです。スミスがケネーに会ったとき、『経済表』を読んでいたかというと、おそらく概要しか知らなかったでしょう。

生徒A:どうして読んでいないとわかるんですか?