経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡Photo:AI Generated/Google gemini

元週刊ダイヤモンド編集長が高校生向けに実施している授業「大学への経済学入門」を基にした連載『経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡』。第13回はフランソワ・ケネー(1694~1774)の後編です。ケネーが『百科全書』に寄稿した論文「明証」「農夫(小作人・借地農)」「穀物」の内容と、主著『経済表』のポイントを紹介します。ケネーの主張のポイントは、第一に、生産力向上のための大農経営が必要であることを統計的に立論しているところで、農業こそフランス王国の基盤であるとします。第二に、こうして収穫した良質で大量の穀物を輸出して利潤を得る、としますが、自由貿易に伴う価格競争による市場価格が富の蓄積と豊かな生活には必要だとしています。これはアダム・スミスをはじめとするその後のイギリス古典派経済学に接続する考え方です。

事典なのに1項目がおよそ4万~7万字
270年前に「エビデンス」を定義していた

生徒B:ケネーが書いた『百科全書』の3項目は、事典だから短文だったのではないですか?

 いや、かなり長いです。事典の項目というより論文ですね。『百科全書』は事典というより、論文集です。ケネーが書いた3項目は全文が和訳されて出版されています。だいぶ前の書物ですから絶版でしょうが、図書館にはありますよ。

 日本語に訳された文字数ではこんな分量です。

「明証」…約4万5000字
「農夫(小作人)」…約3万8000字
「穀物」…約7万2000字

 20年前だったら400字詰め原稿用紙で100枚(4万字)、などと換算しているところですが、みんなわからないよね。

生徒C:ピンときません。

 そうですよね。A4のペーパーにプリントするとして、1枚でだいたい1600字くらいだから、「明証」はA4で28枚、「農夫」24枚、「穀物」45枚といったところです。

生徒C:わ、そんなにあるんですか。

 そうです。しかも難しい(苦笑)。

「明証論」は経済学ではなく、哲学の1項目でした。次のように始まります。

「明証(エビダンス)という言葉は、精神が拒否しえないほど、それ自身で明晰判明な確実性を意味する。確実性には二種類ある。信仰と明証とが、それである。信仰は、理性の光によって知ることのできない諸真理を、われわれにおしえる。明証は、自然的知識にかぎられている。/しかしながら、信仰は、つねに、明証に結びついている。なぜならば、明証がなければ、われわれは〈奇跡を〉信じうる理由をなんらみとめえないであろうし、したがって、超自然的な諸真理を知りえないであろうから」(ケネー「明証論」★注1)

「エビデンスはありますか?」と頻繁に問われるのが現代ですよね。このエビデンスの定義をケネーは書いているわけです。

「明証とは、自分の現実的感覚を経験しないことがわれわれに不可能であるのとおなじく、拒否することがわれわれにできない確実性を、意味する。この定義は、一般的な懐疑論が欺瞞的なものであることを、さとらせるのに十分である」(同前)

 そして具体的な感覚と知覚を取り上げて例証していきます。ケネーが引用しているのはアリストテレスであろうとは訳者の注釈でした。神を信仰しつつ理性で解釈するスコラ哲学のようです。

生徒A:それはつまり、啓蒙思想を背景にした百科全書派のスタイルでもありますね。

 そうです。フランスの王家と教会権力に雇用されていた宮廷医師のケネーとしては、「明証論」は署名入りでは公表できなかったようで、匿名の論文でした。『百科全書』自体、宗教からも王権からも自由にありたいという啓蒙思想のもとで支配体制と戦っていましたからね。経済学の2項目は匿名ではなかったのですが、署名には本名ではなく「ケネー・ル・フィス」と書いています。「フィス」は「息子」なので、これは子息の名前だという資料もありますが、わかりません。

 次の論考にいきましょう。

「小作人(経済学)」。この論文でケネーは、農業経営者、農夫の位置づけを、契約や収益配分の観点から整理しています。また、馬や大型機具を使う資本集約型農業(大農経営)が優位にあり、生産性を上げるための投資が重要だとしました。しかし、多くの借地農は貧困のため、耕作用の馬を飼うことができず、その結果は国民的な損失を招いていると指摘します。

「土地は馬を使う小作人(フェルミエ)か、牛を使う分益小作人(メタイエ)によって耕される。(中略)富める小作人だけが土地を耕すために馬を使うことができるのである。馬四頭立の犂(すき)を以て耕作を始める小作人は、最初の収穫を得る前に巨額の支出をなさねばならない。小麦を蒔くべき土地を一年間耕し、作付後翌年の八月にならなければ収穫できない。つまりこのようにして約二年もの間その労働と支出との果実を待つのである。彼に必要な馬やその他の家畜の経費を支出し、土地に種子をまくために穀物を提供し、馬に飼料を与え、その上、使用人の給料と食糧を支払うのである。すなわち最初の二年間に、馬四頭立の犂を以て耕しうる一区画を耕作するために前払すべき支出は、みんなで一万ないし1万二千リーヴルと見積もられる。それゆえ、二ないし三台の犂を使うためには二万ないし三万リーヴルの支出がいるのである」(ケネー「小作人」★注2)

 農業こそ国家の基本産業であり、改善すべき制度が多々あるとする農本主義は、それ以前から論者がいました。ケネーと同時代の17、18世紀の日本にもいました。

生徒B:安藤昌益(1703~62)や宮崎安貞(1623~97)ですね。

 そうです。中学や高校の社会や日本史の教科書に登場しますよね。ケネーのフィジオクラシー(重農主義)の特色について、ケネーの「小作人論」「穀物論」をもとにしてイギリスのヘンリー・ヒッグス(1864~1940)は次のようにまとめています。

「彼(ケネー)は農村地域の面積、耕地と牧場、家畜類、人口、穀物の生産ならびに消費高、価格の範囲、生産に要する費用、また農業における利益などに関する国家の農業統計を調べたのである。それによれば、農業は国家の基礎的な産業であって、しかも交易の自由と財産の保証とはその枢要な必要条件である。(中略)穀物の自由交易およびその承認、かつまた奨励さえも年々の物価の変動を大いに減少させるものである。そしてまた借地農の繁栄に貢献することはなはだ大なるものであり、これが年毎に繰返されつつさらに大なる繁栄を生み、豊かな収穫と、一層大きな利益のある農場をつくりだし、国家的にも個々的にもその富を増加し、人口の増大と健全そのもののような一大国民をつくりあげ、一層潤沢な国庫を完成するのである」(ヒッグス『重農学派』★注3)

 以上はヒッグスによる紹介ですが、原文の「小作人論」はこんなにわかりやすくはありません。原文の結論は税金についてで、当時の土地税に関する徴税役人の専横がはなはだしく、基準税率がないため小作人にはとくに不利だとしています。そして、「小作人論」の最後をこう締めくくっています。

「もし農村の住民が一方的な土地税から解放されたならば、彼らは大都会の住民と同じく安心した生活を送ることができるであろう。そうなれば、多くの地主はおのずから己が所有地を開拓しようとするであろうし、もはや人々が農村を放棄するようなこともなくなり、富と人口とは本然の姿にかえることとなろう。かくの如くにして、農業の進歩に有害なその他の原因をも遠ざければ、王国の力は漸次人口の増加と国家収入の増大とによって恢復するであろう」(ケネー前出)

生徒D:ははぁ、回りくどいですが、要するに大きく減税すれば投資も活発になり、国家の収入も増える、ということですね。

 宮廷に住みこんでいる“公務員医師”としては、王家に忖度して回りくどく書いたのでしょうね。

【次ページのポイント】
(1)大農経営で穀物の生産力を上げること
(2)良質で豊富な農業生産物が高価格取引を呼ぶ
(3)自由貿易による競争が適切な市場価格を形成