経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡Photo:AI Generated/Google gemini

元週刊ダイヤモンド編集長が高校生向けに実施している授業「大学への経済学入門」を基にした連載『経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡』。第7回は後期重商主義時代を代表する経済理論家ジェイムズ・ステュアート(James Steuart、1713~80)の中編です。ステュアートはイギリスを離れて18年間大陸ヨーロッパ諸国へ亡命し、各国経済を観察しながら大部の経済書を執筆しました。政府に許されて帰国後に出版したのが『経済の原理』で、本書は国内資本の蓄積のために保護貿易を重視する重商主義の集大成ともいわれていましたが、実はもっと幅の広い経済書でした。書名を経済学「Political Oeconomy」と題した史上初の体系的な経済書だったのです。

ステュアートの統治者の「巧妙な手」は
スミスの「見えざる手」を意識したか

 ステュアートの亡命は「ジャコバイト蜂起」の主要人物とされたからだと前回述べました。「ジャコバイト蜂起」については高校の「世界史」にも出てくるでしょ。17世紀の名誉革命と、それの尾を引く「ジャコバイト蜂起」……。私の頃は、そう習ったものです。

生徒B:1、2年の必修は「歴史総合」なんですが、まず、17世紀の名誉革命は出てきませんね。18世紀以降が中心で、名誉革命の尾を引く「ジャコバイト」も登場しません。選択の「世界史探究」には出ているのかな。後で調べるとして、亡命生活がどうして経済学研究につながったのでしょうか。

 なるほど。必修と選択では範囲が違うのですね。

 おっと、話を戻しましょう。ステュアートは亡命生活で複数国の経済体制を観察する経験を積み、政治より経済研究へ関心が移るんです。フランス、ドイツ、ベルギー、イタリア、オランダなど、異なる経済制度の内部を観察する機会を得て、経済を動的に、そして相対的に捉える視点を養ったわけです。貴族だからこそ体制の内側へ入ることができたわけです。

 1763年にイギリス政府に許されてフランスから帰国し、エジンバラに帰郷、1653年以来のステュアート家の領地コルトネス(エジンバラの西方50km)に戻って農地改良や植林に取り組みつつ、執筆を始めていた『経済の原理』(★注1)を完成させます。そして1767年にロンドンのA.ミラー&T.カデル書店から出版しました。

生徒C:ステュアートと同じスコットランド出身のアダム・スミス(1723~90)は、人々の利己的な行動が、「見えざる手」によって自動的に最適な経済状態へ導くとして、近代の経済学を切り開いたのですよね。

 そうです。アダム・スミスは、経済とは放っておけばいずれ安定し、均衡すると考えていたわけですが、ステュアートは反対で、放っておけば不安定になるから、崩壊しないようにステイツマン(statesman統治者)が経済を管理すべきと考えたのです。アダム・スミスの「見えざる手」(invisible hand)に対して、ステュアートは統治者の「巧妙な手」(artful hand)と書いています。

見えざる手と巧妙な手Photo:AI Generated/Google gemini

生徒A:いやあ、見事な対比の言葉をつくったものですねえ。

 ステュアートの『経済の原理』の出版が1767年、アダム・スミスの『国富論』(1776)より9年早いので、ステュアートが後で対比させたわけではない、と最近まで思っていたのですが、アダム・スミスが「見えざる手」という言葉を初めて使ったのは1759年に出版した『道徳感情論』なのです。すると『経済の原理』より8年早かったので、ステュアートが意識した可能性はありますね。

生徒D:「巧妙な手」という言葉は、どのような文脈で使われているのですか?

 前回の脚注で紹介した早稲田大学名誉教授(経済学史)大森郁夫さんの著書『ステュアートとスミス――「巧妙な手」と「見えざる手」の経済理論』(ミネルヴァ書房)で分析されています。『経済の原理』の原書で該当箇所を特定しました。第2編「交易と勤労について (Of Trade and Industry)」の第11章「この均衡がやがて破綻するのはなぜか」に出てきます。

『経済の原理』の訳書ではなく、原書から自分で訳してみました。小樽商科大学附属図書館が全文を公開していますので、だれでも読めます。古語がかなりあり、誤植もあるので時間は多少かかります。抜き出してみますね。

「その原理は、食料、人口、労働、そして需要の緩やかな増加を支えることであり、統治者(ステイツマンstatesman)は、競争によって契約の両者に有利となるようなバランスの小さな変化を緩和しなければならない。しかし、競争がどちらかの側かにとどまり、バランスの逆転を招く恐れがある場合は、「巧妙な手(artful hand)」によって軽い方の天秤に負荷をかけるようにしなければならない。(中略)さまざまな経済の原理を組み合わせ、計画に適合させるのはステイツマンの判断に委ねられるべきことであり、国の政務を直接指揮する者でなければ計画することさえ不可能である(★注2)」。

 つまり、賢明なステイツマンがその「巧妙な手」でコントロールすべき、と書いているわけです。なんだかケインズを思わせますよね。

【次ページのポイント】
(1)「輸出増・輸入減で利潤追求」の重商主義から
(2)ステュアート「統治者の管理による国民経済」へ
(3)「見えざる手」と「巧妙な手」の関係