公正さを「上司が部下に優しくすること」とだけ考えていたのでは足りないと気づく。部下が時間と労力をかけた仕事の手柄を上司が自分のものにしたか、目標を達成できなかったときに自分にも責任があるのに引き受けなかったか、といった項目が含まれている。
手柄を誰のものにし、失敗の責任をどう引き受けるかは、部下が上司の公正さを見る重要な材料になる。
稲盛の幌馬車隊の比喩を会社に移せば、分ける対象には手柄や責任も入る。部下が果たした役割を報告せず、自分だけの功績にしてしまえば、その人の貢献が評価から抜け落ちる。うまくいった理由を説明する場が、自分をよく見せる場に変わる。稲盛のいう私心は、こうした日常の仕事にも当てはめて考えられる。
研究が職場風土まで調べた点も見逃せない。誰が他人より目立ったかを競うことと、協力して仕事を良くすることでは、評価される行動が違う。人を率いる者の資質を考えるなら、その人に何を求め、どんな行動に報いるのかまで、登用する側の課題になる。
組織の融和を乱す
リーダーとは?
稲盛は同じ講演で、組織の融和が乱れ、内部闘争が起きる背景にも触れている。その背景には、「第三等の資質しかもっていない人材をリーダーとして登用しているということがあるのではないか」と述べている。問うているのは、頭のよさに加えて、集団から信頼される資質まで備えているかという点だ。
ここで、もう1つの稲盛の言葉が気になってくる。稲盛の著書『心を高める、経営を伸ばす』(PHP研究所)では、自分も最初は信じられる仲間をつくろうと考え、自分の外に信頼関係を求めていた、と振り返っている。やがて、「自分自身の心が、誰からも信じてもらえるようなものでなければ、信じ合える人たちは集まってこないのだ」と気づいたという。
稲盛は、人に裏切られた経験も何回もあると明かしている。だが、それでも相手を疑うのではなく、「自分自身の心が相手の信頼に足る心であるかどうか」を問い続ける、と述べた。そして、「信頼とは、外に求めるのではなく、自らの心の内に求めるものなのです」と記している。







