現代のコンプライアンスは、まるでマングースだ。
マングースは小型の肉食哺乳類で、1910年に沖縄に、1979年に奄美大島に持ち込まれた生き物である。毒ヘビであるハブの天敵であるため、それらの駆除を目的として導入された。そのように生物を用いて他の危機を排除しようとすることは生物防除と呼ばれる。
ところが昼行性のマングースは夜行性のハブとそもそも出遭うことがなく、ハブ駆除にはほとんど役立たなかった。そればかりか畑を荒らして農業被害を引き起こし、希少種であるアマミノクロウサギを捕食してしまうなど大きな被害をもたらした。奄美大島では2000年代から本格的な駆除事業が開始され、2024年には、世界的にも珍しいとされる、島内でのマングース根絶が宣言されることになる。
アマミノクロウサギ Photo:PIXTA
このマングースのたとえは、2つの含意をもつ。まず、外来種が環境を破壊してしまうという、外的な導入の危険性。敵は「敵の顔」をせずに外から突然やってくる。異物の導入は必ずしも期待通りにはならず、結果として意図せざる事態を招きうる。もう一つが、外来種によって絶滅の危機に瀕する動物もいるという、在来種の脆弱性。マングースの逸話は、特定の環境に安寧している生物の危うさや弱さも示している。
アマミノクロウサギのような在来種は特定の環境だから生き残ることができた絶滅危惧種なのであって、マングースが入ってきたらすぐに食い殺されてしまった。コンプライアンス全盛のこの期に及んでお行儀の悪い人々は、特殊な環境でのみ生存してきただけなのであり、コンプライアンスという天敵の出現によって日々捕食されている。
コンプライアンスは当初、マングースのように駆除を目的として海外から導入されたものだった。取り除こうとした「害」とは、社会的に大きな被害をもたらす企業不祥事などであり、噛まれたら人命を失いかねないハブのような危険性をもつものだ。
ところが現代のコンプライアンスは、その企業不祥事を抑止するという目的から逸脱して、時流に沿わない発言をした個人を排除するために用いられているようにみえる。この失言をした個人というのは、「今どきそんなことを人前で言わないでしょう」という感覚をもたない、特定の狭い環境でのみ生き残ってきたという意味で、まるでアマミノクロウサギである。アマミノクロウサギほど愛らしい存在ではないかもしれないが。
改めて考えると、コンプライアンスは本来、「古い昭和な感覚」を排除するためのものだったのだろうか。そういう目的もあったかもしれないが、それは副次的で部分的であろう。コンプライアンスとは社会をもっと建設的によくするためのものだったはずで、旧態依然とした感覚の排除は目指すべき社会正義ではなかったはずだ。
社会の害悪を取り除かんと出現したコンプライアンスもまた、マングースのように、アマミノクロウサギを食い尽くした後に排除されるかもしれない。私たちは、さんざん犠牲を出したあと、いつしかこの喧騒を忘れてしまうのだろうか。







