ハブを恐れるあまりに
本州でマングースを放つ
ここで、リスクとハザードという重要な概念を提示しておきたい。映画監督で作家の森達也は、くしくも毒ヘビを例にして、2つの違いを説明する。森はそれぞれ「危険性」と「有毒性」と訳しているが、どちらも日本語訳として「危険」と表現できる。リスクの意味を危険が起きる「蓋然性」や「確率」だとすれば、ハザードは危険による「被害の大きさ」を意味する。
『コンプラ過剰社会 法令遵守が私刑の武器に変わるまで』(舟津昌平、中央公論新社)
ハブは噛まれたら死の危険がある。しかし、本州でハブに出遭う危険はほとんどない。この意味で「本州におけるハブ」は、ハザードは大きいがリスクはきわめて低い。本州でハブを恐れてマングースを放つのは愚策というほかない。
ではコンプライアンスはどうだろうか。適切な場所に適切に配置されているだろうか。とうていリスクのない箇所に配置されたり、ハザードを過大視して異常な見張りをしていないだろうか。森曰く、「一方向ばかりに過剰に向いたセキュリティ意識は、視野狭窄へと繋がりやすい」。では「コンプライアンス」は、適材適所で作動しているといえるだろうか。
「コンプライアンス」自体が悪いわけではない。マングースは明確な目的をもって人間社会に持ち込まれたのであり、マングースがもたらした被害は人災である。マングースは別に悪くないのに、人間の手によって悪魔化してしまった。コンプライアンスは、どこで悪魔化したマングースになってしまったのだろうか。社会をよくするはずのコンプライアンスは、いったい何と悪魔合体したことで、こんなに嫌われているのだろうか。







