東日本大震災の直後、日産自動車が復旧対応に追われるさなか、ゴーンが筆者に出した「指示」とはどのようなものだったのか Photo:Bloomberg/gettyimages
カルロス・ゴーンが“守銭奴”に陥っていく核心に迫る第4弾。ゴーンは、なぜ巨額の役員報酬に執着したのか。その転機となったのが、2010年に導入された「1億円以上の役員報酬の個別開示」だった。連載『志賀見聞録 自動車産業の半世紀とミライ』の第23回【過去編13】では、知られざる役員報酬を巡る攻防と、ゴーンの暴走を止められなかった日産のガバナンス不全について明かす。(日産自動車元COO〈最高執行責任者〉 志賀俊之)
>>第20回【過去編10】カルロス・ゴーンと初めて会った日(1998年10月)から読む
>>本連載初回【過去編1】「ゴーンさんが羽田空港で逮捕されたらしいです」(2018年11月19日)から読む
ゴーンが激しく抵抗した
「報酬1億円以上」の個別開示
2009年9月の自民党から民主党(当時)への政権交代によって、日本の政治体制は大きな転換期を迎えた。「事業仕分け」に象徴される歳出見直しや、官僚主導から政治主導への転換など、さまざまな改革が進められた。その中に、カルロス・ゴーンのその後の人生を大きく変えることになる、ある制度改革が含まれていた。
「1億円以上の役員報酬の個別開示」の義務化である。
役員報酬の個別開示を巡る議論は、私の記憶では2000年以降、米国流のコーポレートガバナンスを参考にした「指名委員会等設置会社」の制度設計などと並行して進められた。
しかし、日本型経営にはなじまないという経済界の反発があり、取締役の報酬総額を開示するにとどまっていた。その状況が、政権交代で一変した。民主党政権で金融担当大臣に就任した亀井静香氏は、不相応な高額報酬をけん制する姿勢を掲げ、内閣府令の改正による個別開示の導入を強く推し進めた。
この動きに敏感に反応したのがゴーンだった。
「強力なロビイング活動を実施して、個別開示を阻止しろ」
ゴーンから、そんな指示が出されたのである。私自身は当時から日本企業のガバナンスの透明性を高める必要があると考えていた。欧米ではすでに一般化されていた個別開示に、さほどの抵抗感はなかった。むしろ、制度導入に反対するゴーンの異常なまでの反応に違和感を覚えていた。
確かに高額報酬への批判は出るだろう。それでも、リーマンショックを乗り切り、業績の迅速な回復を果たしたゴーンなら、堂々と説明すればよいではないか。私はそう考え、ロビイング活動には積極的には加わらなかった。
後で知ったことだが、ゴーンがそこまで個別開示を嫌がった背景には、仏ルノーの筆頭株主であるフランス政府の存在があった。ゴーンとフランス政府との確執については、本連載の前々回で詳細に述べた通りである(『なぜゴーンは「金と地位」に執着したのか?巨額報酬、ベルサイユ宮殿の誕生会、孤独なコスモポリタン…元日産COOの側近が明かす「3つの仮説」』参照)。
ここで、当時の日産自動車における役員報酬の決定プロセスを説明しておこう。
まず、株主総会で取締役全員の報酬総額について承認を得る。その後、取締役会で個々の報酬額の決定を代表取締役に一任することを決議し、代表取締役が自身を含む取締役への配分を決める。当時の日本企業では一般的な方法だった。
ただし、日産には一つ、独自のルールがあった。代表取締役自身への配分については、ほかの代表取締役と協議した上で決めることになっていたのである。
05年、私が代表取締役COO(最高執行責任者)に就任して間もなく、ゴーンに呼び出された。そこで開口一番、こう切り出された。
「私の報酬額はこれまで、代表権を持つ塙(義一・元会長)さんや小枝(至・元取締役共同会長)さんと相談して決めてきた。しかし、今は他の代表取締役は志賀さん1人だ」







