志賀見聞録 自動車産業の半世紀とミライ2016年のパリモーターショーで、「CASE」を初めて提唱した独ダイムラーのディーター・ツェッチェCEO(最高経営責任者、当時) Photo:Chesnot/gettyimages

「100年に1度の大変革」を象徴する「CASE」という言葉が登場してから10年。自動車メーカーはシェアリングやサブスクリプション、自動運転による移動サービスに相次いで参入したが、期待されたほどの成果は上がっていない。一方、米中では「完全無人」のロボットタクシーが急速に広がり、日本との差は鮮明になっている。自動運転の主導権まで海外のテック企業に握られれば、日本の自動車メーカーは何で稼ぐ会社になるのか。連載『志賀見聞録 自動車産業の半世紀とミライ』の第19回【ミライ編10】は、日産自動車元COO(最高執行責任者)の志賀俊之氏が、ロボットタクシーを起点に「クルマのミライ」を考える。(日産自動車元COO〈最高執行責任者〉 志賀俊之)

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>>第16回【ミライ編7】ホンダも日産もトヨタも…世界を技術でリードしてきた日本車が最新技術で勝てなくなった「最大の理由」(2026年5月29日)から読む

CASE提示から10年
「士族の商法」に陥った自動車メーカー

 今からちょうど10年前の2016年9月29日。パリモーターショーで、独ダイムラー(現メルセデス・ベンツ・グループ)のディーター・ツェッチェCEO(最高経営責任者。当時)が、中長期的な戦略構想を示すキーワードとして、初めて「CASE」を提唱した。コネクテッド〈つながるクルマ〉、自動運転、シェアリング&サービス、電動化の四つの技術トレンド)の頭文字を取ったものだ。その後、CASEは世界の自動車産業の「100年に1度の大変革」を象徴する言葉となった。

 本連載でも、コネクテッド、自動運転、電動化についてはすでに触れてきた。いずれも、クルマのテクノロジーそのものに関わる変革である。

 ただし、シェアリング&サービスは、これらとは少し性格が異なる。クルマが所有から共有(Sharing)へ移行するという、顧客の価値観の変化を起点としたビジネスモデルの変革だからだ。

 クルマは、単なる移動の道具ではない。所有する喜び、走る楽しさを訴求することで多くのユーザーに愛されてきた。トヨタ自動車の豊田章男会長は、「工業製品で“愛”が付くのは、“愛車”、クルマだけだ」と言う。

 そのクルマが、所有から共有へ移行する。長年、自動車産業に身を置いてきた者としては、にわかに納得し難いところもあるが、若い世代を中心にクルマ熱が下がってきているのは明らかだ。

 それに拍車をかけているのが、クルマを所有するコストの上昇である。新車価格だけではなく、駐車場代、保険料等の付帯費用も増え、クルマを持つことのハードルは一段と高くなった。さらに、高齢化が進み、運転免許を返納してクルマを手放す人も増えている。

 こうした状況を背景に、必要な時だけクルマを使うカーシェアリングやライドシェア、ロボットタクシーへの関心が高まった。さらには鉄道なども含めて、あらゆる移動手段を一気通貫で提供するMaaS(Mobility as a Service)という考え方も広がってきた。

 自動車メーカーにとって、クルマは売って終わりではなく、販売後もさまざまなモビリティサービスを提供し、新たな収益源を生み出すことが課題となったのである。

 18年1月、豊田会長(当時は社長)が米ラスベガスで開催される世界最大級のテクノロジー見本市「CES」で、「自動車を造る会社から、人々の移動を支える会社、すなわちモビリティカンパニーへ移行する」と宣言した。

 私にとって、この宣言は非常に印象的だった。

 トヨタだけではない。多くの自動車メーカーが、シェアリングやサブスクリプション、自動運転による移動サービスなど、新たなビジネスの創出に挑んだ。海外では、米ゼネラルモーターズ傘下だったクルーズのように、OEM(完成車メーカー)がロボットタクシー(完全無人の有償配車サービス)の事業化に乗り出すケースも出てきた。

 しかし本音を言えば、そうした事業が「100年に1度の大変革」と呼べるほどのインパクトをもたらしたかというと、疑わしい。

 シェアリングについては、駐車場所の確保や清掃・メンテナンスにコストがかかる上、利用がピーク時間に集中するという問題もある。OEMが始めたビジネスの多くが撤退するか、既存のレンタカー事業などに統廃合されていった。

 一方、OEM以外の民間事業者が始めたシェアリングサービスは、確実に成長し、社会に定着している。どうも、ブームに乗って始めるOEMの新規事業は、素人が慣れない商売に手を出す「士族の商法」のように私には見えてしまう。

 もっとも、かくいう私も現役時代に、超小型モビリティを活用したカーシェアリング「チョイモビ」や、電気自動車(EV)「リーフ」をベースにした配車サービス「Easy Ride」などを始めた一人である。他社を批判できる立場にはない。だからこそ、OEMが始めた新規事業には、実証段階で終わらず、社会実装までつなげてほしいと思う。

 その意味で、トヨタが始めたサブスクサービス「KINTO」は、さまざまな工夫を重ねながら着実に定着しつつある。簡単に諦めず、事業を育てていく粘りは、さすがだと思う。

 ここからは、モビリティサービスの中でも、日本の出遅れが鮮明になっている「ロボットタクシー」について考えてみたい。この分野で、日本勢が後塵を拝している状況は、将来の自動車産業の競争力に禍根を残すことになりかねない。