2014年9月、仏サンドゥビルのルノー工場を訪れたマクロン経済相(左)とカルロス・ゴーン。その後、両者はルノー経営や役員報酬を巡り対立を深め、フランス政府はゴーンの高額報酬へのけん制を強めていった Photo:Chesnot/gettyimages
カルロス・ゴーンが“守銭奴”に陥っていく核心に迫る第2弾。ゴーンは、社会的地位も名誉も手中に収めながら、なぜなお巨額報酬と資産を求め続けたのか。その背景には、生い立ちや単なる強欲だけでは説明できないものがあった。長年、側近として仕事をしてきた筆者が目撃したゴーンの素顔や本音、そして報酬を巡る知られざる執念とは。連載『志賀見聞録 自動車産業の半世紀とミライ』の第21回【過去編11】は、筆者だからこそ語れる「三つの仮説」を基に、ゴーンの“金と地位”への飽くなき欲求、その深層に迫る。(日産自動車元COO〈最高執行責任者〉 志賀俊之)
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>>第6回【ミライ編1】ホンダがEV戦略見直しで「2.5兆円損失」を発表した日(2026年3月12日)から読む
第一の仮説は「家族」
次世代の“階層”を押し上げる
なぜカルロス・ゴーンは、あれほどまでに「お金」に執着したのか。前回では、お金への執着心が強かったゴーンについて、幾つかのエピソードを紹介した。
かねて、私には一つの疑問があった。社会的地位と名誉を手にした人物が、なぜそれでもなお、巨額の報酬や資産を求め続けたのか。ゴーンは幼少期に経済的な苦労を重ねたわけではない。むしろ比較的裕福な家庭で育ったと聞いているので、単純に“貧しかった反動”で説明することは難しい。
そこで、長年ゴーンの近くで仕事をしてきた人間として、私なりに考えてきた「三つの仮説」を挙げてみたい。
最初の仮説は、家族、とりわけ子どもたちへの愛情である。
ゴーンは間違いなく子煩悩な父親だった。1999年に日産自動車へ赴任して間もない頃のことだ。4人の子供の末っ子、アンソニー君がまだ5歳ぐらいだったとき、ゴーンが会社に連れてきたことがある。役員フロアで、アンソニー君が隠れんぼを始めると、ゴーンは困った顔をしながら息子を追いかけていた。そのときに見せた満面の笑みは、仕事中にはほとんど見たことのない表情だった。
別の会議では、ふとゴーンのパソコンの壁紙が目に入った。自宅のソファで、子供たちとじゃれ合っている写真だった。私が「楽しそうですね」と声を掛けると、ゴーンは何も言わず、そっとPCを閉じた。
「プライベートな世界には踏み込むな」
そんなメッセージなのだろうと思い、それ以降、私は家族について尋ねることをやめた。次にPCを目にしたときには、壁紙も初期設定のものに替わっていた。そんなゴーンの家族への思いを見ながら、後になって考えるようになったことがある。
ゴーンがレバノン系という民族的な背景を持っていることだ。ゴーンのルーツであるレバノンを含むアラブ・地中海東部(レバント)地域では、家長が一族に対して担う責任や、家族を支えることへの考え方が、日本人の感覚とは大きくかけ離れている。
私は常務時代に中東を担当したことがある。そのとき、「家長が一族を支え、次世代の成功にまで責任を持つ」という家族観が非常に強いと教わった。例えば、家族を大型SUV(スポーツタイプ多目的車)――パトロールやランドクルーザーなどーーに乗せて、砂漠を走る。その姿自体が家長としての成功や威厳を示すものなのだという。
日本では、子供が成人すれば「あとは自分の力で生きていけ」という考え方もあるだろう。ところがゴーンの脳裏には、「自らの影響力、人脈、資本力を駆使して、次世代を何としても一段上の階層へ押し上げること。それが家長としての美徳であり、名誉(シャラフ / Sharaf)である」との考え方が刻まれていたのかもしれなかった。
もちろん、文化や民族だけで一人の人間の行動を説明することはできない。ただ、「子供たちにできるだけ多くのものを残したい」という思いを、こうした家族観が強めていた可能性はあると思う。
ゴーンの4人の子供たちは全員、米スタンフォード大学を卒業し、コンサルティングファームなどを経て、起業や投資家の道へ進んでいる。その開業資金などが、ゴーンの支援で賄われたのは想像に難くない。
次ページでは、筆者だからこそ語れる「残り二つの仮説」を基に、ゴーンの“金と地位”への飽くなき欲求、その深層に迫る。







