筆者にとって、カルロス・ゴーンは経営の師であり、苦楽を共にした戦友でもあった Photo:Koichi Kamoshida/gettyimages
いよいよ本連載は、大きなヤマ場を迎える。今回から複数回にわたり、カルロス・ゴーン“変節”の核心、その「転落の原点」に迫っていく。筆者は1998年にカルロス・ゴーンと出会い、約20年にわたって最も身近な場所で仕事をしてきた。経営者としての師であり、日産再生を共にした戦友でもあった。だが、初対面の頃から気になっていたのが、ゴーンの「お金への強い執着」だった。かつて日産再生の立役者と称賛されたゴーンは、なぜ変節したのか。連載『志賀見聞録 自動車産業の半世紀とミライ』の第20回【過去編10】では、“ヒュブリス”に陥っていくゴーンの姿を、直近で見続けた筆者しか知り得ない実体験とともに明かす。これまで語られてこなかったエピソードを重ねながら、ゴーンという希代の経営者の知られざる実像と、成功と権力を手にしたリーダーが陥る危ういわなに迫っていく。(日産自動車元COO〈最高執行責任者〉 志賀俊之)
>>第1回【過去編1】「ゴーンさんが羽田空港で逮捕されたらしいです」(2018年11月19日)から読む
>>第6回【ミライ編1】ホンダがEV戦略見直しで「2.5兆円損失」を発表した日(2026年3月12日)から読む
師であり、戦友でもあった
「ヒュブリス」に陥ったゴーンの変節
私がカルロス・ゴーンと初めて出会ったのは、仏ルノーと日産自動車がアライアンス交渉を進めていた1998年10月のことだった。最後に会話したのは、それから約20年後。羽田空港で逮捕される2カ月前の2018年9月、エグゼクティブ・コミッティ(日産の最高意思決定機関)や取締役会に出席するため、ゴーンが来日した時である。
おそらく私は、日本人の中では最も長く、そして最も近いところでゴーンと仕事をしてきたと思う。その関係は、CEO(最高経営責任者)とCOO(最高執行責任者)というだけのものではなかった。私にとってゴーンは経営者としての師であり、日産の再生期に苦楽を共にした「戦友」と言ってもいい存在だった。
正直に言えば、私は今でもビジネスリーダーとしてのゴーンを尊敬している。経営者としてのイロハを教えてもらったことにも感謝している。聡明で、先見の明があり、何より決断力があった。そして、人として優しいところもあった。
そのゴーンは後に、日本の刑事司法手続きの途中で国外へ逃亡することになる。何が彼を変えたのか。いや、そもそもその程度の人間だったのか。20年間、間近で見てきたゴーンの姿を本連載で振り返ることで、ゴーンの「変節」の背景に迫ってみたい。
「ヒュブリス(Hubris)」という言葉がある。
私は講演などでゴーンについて、「成功したリーダーが徐々に傲慢になり、周囲もそれをとがめなくなっていった」と、自省も込めて話すことがある。
そうした中で知ったのが、このヒュブリスという言葉だった。ギリシャ神話に由来し、人間の過度な傲慢や思い上がり、神々への侮辱的な振る舞いを意味するという。
人間が自らの限界を忘れ、神や自然の秩序を超えようとすると、やがてネメシス、すなわち神罰を受け、破滅に至る――。そんな考え方だ。
現代のビジネスの世界では、強大な権力を持つリーダーが、過度な自信や慢心から周囲の批判を受け付けなくなっていく状態を表す言葉としても使われる。権力を持つ経営者が、常に心に留めておくべき言葉だと思う。
では、ビジネスリーダーとしての評価から少し離れて、ゴーンという人間を一言で表すとしたら何か。
私が真っ先に思い浮かべるのは、「お金への執着が強い人」である。その執着が、彼の運命を大きく変えていったのではないかと、私は考えている。次ページでは、それを感じさせた幾つかのエピソードを紹介したい。







