商品開発では、一歩俯瞰して眺めると
見えないものが見えてくる

桜井 それにしても、曲がる食器というのは、面白い思いつきですね。

能作 直販が増えてきて、高岡で鋳物は一番といわれるようになった2005年頃、お客様の声として「食器が欲しい」という要望が聞こえてきたんです。ただし食品衛生上は銅を使えないので、スズならどうかと。それも、あの当時は伝統ある大阪や薩摩などのスズ製品は銅や鉛を混ぜて堅く加工しているので、弊社の独自性と環境リサイクルを追求するために、スズ100%で作ってみたんです。すると、柔らかい。こりゃ問題だ…とデザイナーさんに伝えたら「曲がるなら曲げて使えばいいんじゃないの」と言われて、目から鱗が落ちました。

桜井 デザイナーだからこそ出る言葉かもしれませんね。

能作 そうなんです。僕ら職人なので、どうしても視野が狭くなる。だから、一番大事なのは一歩俯瞰して眺めることかなあと思います。すると、見えないことが見えてくる。

 あるとき、ショップに置いていたスズ製のぐい飲みを、お客様が勝手に四角くされたんですよ。それを見て、素敵だと買っていかれる他のお客様もいらっしゃいましたし。

桜井 使う側のアイデアで自由に曲げて使えるわけですもんね。タンブラーも注ぎ口のように少し曲げたら、片口になりそうだ。

能作 片口は、逆に注ぎ口のところを丸くして、サラダボールとして使われるお客様もいます。

桜井 自分に都合のよい形というのは、ありますよね。おちょこもなかなか思うものが見つからずに探し続けていますが、とにかく口の中の一番おいしく感じるところに酒が落ちるものがいい。すごい芸術作品でも、そうでない形状なら私たち酒蔵にとっては意味がありません。私は、とっくりというのも中が見えないし、酒がしたたる肩のあたりの衛生面が不安なので不得手でして、よい片口があったらいいなあとこれも探しています。

硝子のグラスと、スズ製の酒器で飲み比べ中。

能作 味という点では、酒蔵さんには嫌がられるかもしれませんが、このスズの酒器で酒を飲むと、味が変わるんです。三重県の工業技術センターでも調べてもらったのですが、やはりまろやかになるようです。辛口のお酒は角がとれるし、赤ワインも美味しくなる。オレンジジュースも牛乳も変わる。不思議なんですよね。なぜそうなるのか、今、原因について金沢大学と研究しているところです。社長も舌が効くから、ぜひ試してみて下さい!

(硝子のグラスと、スズ製の酒器で、お酒を飲み比べ)

桜井 硝子のグラスと形状が違うから、香りの立ち具合が違いますが、確かに酒が口に入ったときの当たりが違いますね。当たりがやわらかい。(口に入ったあと)中盤から後半はほとんど変わらないな。へぇ。面白いもんですね。

能作 酒器は、裏返すと富士山の形になるものや、立山連峰を模したものなど“山岳シリーズ”も出しているので、ぜひ試してみて下さい。どれも非常に精巧に型を抜いていて、腕のいい職人ならではの仕事なんです。