◆奇襲◆

 耐えかねたECBが“奇襲”に打って出たのは、ユーロ圏インフレ率が0.5%(5月)を付けた直後の6月5日のことだ。主要中銀として初の「マイナス金利政策」に踏み切ったのである。

 これは、銀行がECBに預けて眠っている超過準備にマイナス金利を課すことで、貸し出しに回させようというのが表向きの目的とされる。金利はゼロが下限のはずなのに、そんなことが可能なのかと一瞬耳を疑うが、要するに銀行に対する“罰金”に他ならない。

 実はこのマイナス金利政策、デフレが定着した2000年前後の日本でも真剣に議論されていたが、弊害も多く導入には至っていない。ECB自身も、「貸出金利の引き上げを通じて、銀行がコストを顧客に転嫁する可能性がある」(バイトマン・ドイツ連銀総裁)と、その弊害を認識している。

 それでも導入に踏み切ったのは、通貨高対策として「シグナル効果がある」(アスムンセンECB前理事)と考えたからだろう。マイナス金利は、「かつてスイスが導入していた通貨安政策」(高橋祥夫・バークレイズ証券チーフ外債・為替ストラテジスト)を彷彿させる。逆に言えば、そんな心理的効果に頼らざるを得ないほど、ECBにとって耐え難いユーロ水準に至っていたということになる。

◆想定外の通貨高◆

 くしくも“ドラギマジック”でユーロ危機が去った後、歯車は突如狂い始めた。ECBは12年後半以降、新たに通貨高圧力が招く物価の低下に悩まされるようになったのだ。

 表を見てほしい。これは、主要10通貨の年間騰落率の推移を示したものだ。これを見ると、日本が11年まで円高に苦しめられてきた状況から一変、「13年にはユーロが最強通貨に躍り出ている」(佐々木融・JPモルガン・チェース銀行債券為替調査部長)ことが分かる。為替市場で「ユーロの円化」とささやかれるゆえんである。

 通貨高の要因も、これまたかつての円と同じ条件がそろう。すなわち、「世界一の経常黒字とディスインフレ傾向」(唐鎌大輔・みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)である。