経営×統計学

もう、ほっ統計(とけ)ない!──統計的思考を鍛える 俗説バスター統山計子

実感と離れる平均貯蓄額
高齢出産「35歳」は無意味?

 大手商社で働く計子。職場にもまた、俗説が満ちあふれている。

 「あ~あ、まったくゆとり世代は、本も読まないからねえ」

 今日も課長の根知山根知男が若手の若山若男に絡んでいる。課長は粘着質が服を着て歩いているような男で、上司へのごますりだけで出世してきた。

 「報告書もうまく上げられないのかねえ。言ったでしょ、シンクタンクが発表していた百貨店の年末商戦のそれらしい数字を入れてくれって。いいの、形だけでも入れてくれれば。やんなっちゃうね~、ホントに」

 イライラしながらやりとりを聞いていた計子だったが、我慢の限界だ。

 「あ~! もう、ほっ統計(とけ)ない!」

 「課長、お言葉ですが、若者が本を読まなくなったというのはあまり根拠がありませんよ。小学生から高校生まで、読む本の数は一貫して増加しています。それに、百貨店の年末商戦は……」

 「先輩、続きは私に言わせてください」と、横やりを入れる若山。

 「課長、かつてと違って百貨店の年末商戦のデータはあまり参考にならないんです」

 12月に集中していた消費は現在は分散傾向にあり、大型小売店での12月の販売額の割合は1990年は13.2%だったが、2005年には10.8%に下落している。

 背景には、退職し年金生活に入る高齢者が増えたことで、12月にボーナスを支給されるサラリーマン世帯が減ったこと。さらにはボーナスではなく月給で平準化して支払われる年俸制度の導入が増えたことがある。お歳暮需要の減少、年始営業の増加による年末買いだめの減少も加味する必要がある。

 「というわけで、景気とは関係のない要因により下ぶれ傾向にあるため、この数字を根拠にするのは危険です。それで、報告書には入れなかったんです」

 信頼できそうな機関による数字でも意外と重要な他の要因を加味していなかったり、いい加減な世論調査を基にしていることもある。調査方法までさかのぼって信頼性を疑うという姿勢は重要だ。

 目を丸くして聞いていた根知山課長。その後ろには、いつの間にか部長が立っていた。「君、なかなかやるねえ。今度の出張は根知山君じゃなくて、若山君に一緒に来てもらおう」「そ、そんな~。部長、肩でももみまひょか~」。

 所変わって、会社近くの居酒屋。今夜は部署を異動する女性の歓送会だ。

 「母からは、そろそろ30歳なんだから、早く結婚しなさいって、毎日のようにプレッシャーかけられるのよね……」。同僚は横に座った計子に結婚の相談をしている。

 そこへ、すでに酔いが回った根知山課長が割って入る。

 「彼氏の年収はどれくらいなの~? 平均年収より上かな~? 貯蓄は? 急がないと、35歳になっちゃうよ~。35歳から高齢出産っていうんでしょ~」。相変わらず、無神経な男だ。

 「あ~! もう、ほっ統計(とけ)ない!」

 数字には強い計子だが、酒にはめっぽう弱い。酔いが回り、いつになく強気だ。「課長、平均年収ってまったく意味がないですよ。それに35歳で突然、出産のリスクが高まるわけじゃありません」。

 実は、所得や貯蓄において“平均”はかなり実感と懸け離れている。例えば、11年の平均所得額は538万円で、2人以上の世帯の平均貯蓄額は1664万円にもなる。所得のほうはまだしも、貯蓄となると、驚く読者は多いのではないだろうか。

 ところが、「中央値」はそれぞれ、所得が427万円、貯蓄が991万円とぐっと下がる。中央値とはデータの値を小さい順に並べたときに、真ん中に来る数字のことだ。所得にしろ貯蓄にしろ一部の高収入、金持ちの世帯が平均を押し上げてしまうから、中央値のほうが実感に近い。報道などでは「平均」ばかりが注目されるが、落ち込む必要はない。平均にだまされてはいけないのである。

 また、高齢出産のリスクは確かに存在する。しかし、月単位の避妊せず妊娠する確率は25歳の22%をピークに下がり始める一方、ダウン症のリスクが急に高くなるのは母親の年齢が45歳からという米国での報告がある。つまり、高齢出産とされる35歳という区切りにあまり根拠はない。いたずらにネガティブな印象を与え、女性を不安にさせるのはよくない。

 「そっかー、安心した」とほっとする同僚に、課長が「君の子供ならきっとかわいい子が生まれるよ~」と一言。計子の鉄槌が下る。

 「課長、参考までにお伝えしますと、厚生労働省の統計では、主要労働局のセクハラの解決援助・調停の受理件数は09年度の167件から、11年度には212件へと増えています」

 「ぎくっ」

「経営×統計学」



週刊ダイヤモンド編集部


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