結果は、「信仰や信心をもっている」はほぼ3割前後、「宗教的な心は大切」はこれを大きく上回る7割前後であり、両方とも、ほぼ横ばいか、やや低下気味の推移といえよう。大きな変化が起っているようには見えない。宗教心については年齢とともに高まる加齢効果があるので、高齢者比率の増加により回答が上支えされているのは確かであるが、戦後いろいろな面で大きく変わった日本人の意識の中では、あまり変わらない項目と考えることができる。

「信仰や信心をもっている」より「もっていない」人が多い、すなわち無宗教の人が多いにもかかわらず、宗教心は大切にするのがどうやら日本人の不変の考え方のようである。

 こうした日本人の考え方は諸外国と比較して特殊なのだろうか、それともよくあるパターンなのであろうか。この調査を継続実施している統計数理研究所では、この点を確かめるため、これと全く同じ設問を含んだ国際調査をみずから実施した。その結果を、次に、相関図であらわした。

◆図4 無宗教だが宗教心は大切にする日本人

 X軸に「信仰や信心をもっている」の比率(すなわち無宗教の者が多いかどうかの比率)、Y軸に「宗教的な心は大切」の比率をとってみると、両者は、ほぼパラレルだということが分かる。無宗教の者が少ないイタリアやインドのような国では宗教心は大切だと考えているし、逆に、中国の北京や上海、あるいは欧米の中ではオーストラリアやオランダのような無宗教の者が多い国や地域では、宗教心もそれほど大切とは思われていない。

 これが世界標準の宗教に関する枠組みである。ところが、日本はかなり変わっている。無宗教の者が多い割には、宗教心を大切にする者がやけに多いのである。日本人は宗教を捉えるフレームワーク自体が他国と異なっているともいえる。

 これを、信仰や信心とまではいえない山川草木や神社などに対するアニミズム的な宗教心が強いからと考えるか、あるいは、キリスト教、イスラム教、仏教といった教義宗教を嫌う気質があるからと考えるかは、見方次第であろう。