みわよしこ
輪郭が見え始めた生活保護法改正案には、社会的弱者を狙う強力な“地雷”が隠されている。その地雷の正体は、受け取りすぎた生活保護費を強制返還させるという費用徴収規定だ。日本人にとって、この規定が実現するとどれだけ危険かを検証しよう。

東京・銀座の泰明小学校が来年度からアルマーニ監修の標準服を導入するという発表が、物議を醸している。銀座という一等地に存在する由緒正しい学校の「特権意識」を感じずにはいられない。しかし、その中央区にも全国と“地続き“の貧困は存在するのだ。

1月末、札幌市の自立支援住宅で火事があり、多数の死者を出す大惨事となった。この事件では防火体制の不備が指摘されたが、このようなケースは氷山の一角だ。住居の提供者に対する国の働きかけにもかかわらず、劣悪な低所得層向け住宅は全国にある。

今国会で注目したいのは、政府予算案に盛り込まれた生活保護基準の見直しと、生活保護法の再改正案だ。そこでは、子どもの未来を応援しながら脚を引っ張るという矛盾した「引き下げ議論」が行われかねない。そもそも生活保護基準はどのように決まるのか。

生活保護基準の引き下げが現実味を帯びるなか、生活苦が子どものいる世帯を直撃しそうな雰囲気だ。この目の前の切実すぎる問題を、「相対的剥奪指標」から俯瞰してみたい。国民が貧困によって生活のどんなものをあきらめているかを見ると、現状は深刻だ。

1月16日、福島地裁は、生活保護世帯の高校生の給付型奨学金を収入認定(召し上げ)した福島市の処分を違法とする判決を下した。これは生活保護削減の動きに一石を投じそうだ。原告となった母子に、これまでの悲壮な思いと今の気持ちを聞いた。

昨年12月末、生活保護基準引き下げに反対する「緊急ホットライン」が開催された。受給者から寄せられた悲痛な声は、実に300人弱。生活保護引き下げで彼らの暮らしがさらに困窮することは必至だ。日本国内に「棄民」を生み出すことは許されるのか。

1月4日午後に新宿で行われた、政府の生活保護引き下げ案に反対するデモを取材した。精神疾患で失職した経験を持つ受給者や体が不自由な受給者から、受給者ではないのに問題意識を持つ人まで、様々なデモ参加者たちの「思い」をリポートする。

生活保護基準の引き下げが現実味を帯びている。それは本当に日本の国益になるのだろうか。地球というスケールと人類史という時間軸で貧困と格差を考えてみると、生活保護の充実は、日本ばかりか世界にも多大なメリットを与える。その根拠を述べよう。

2018年度からの生活保護費削減が現実化しそうな状況になっている。とりわけ深刻なのが、生活保護世帯の子どもたちのための費用が、差し引きで約74億円も減額される見通しだ。国を挙げて「子どもの貧困対策」が叫ばれるなか、なぜそんなことが起きるのか。

社保審・生活保護基準部会で、5年に1回の生活保護基準の見直しに関する検討が終了した。開始時から生活保護の大幅な引き下げが懸念されていたが、とりわけ母子家庭の深刻な打撃が確実視される。国は「子どもの貧困」問題を忘れてしまったのか。

東日本大震災の大津波で甚大な被害を受けた岩手県・陸前高田市。震災後、義援金に助けられた人や亡くなった人もおり、生活保護世帯は減少している。しかし、いまだに復興のレールに乗れていない人もいる。陸前高田市の今を見る。

2013年に「子どもの貧困対策法」が成立し、2年後に「子どもの貧困対策センター・公益財団法人あすのば」が発足した。発足直後から、募金・寄付を財源としてスタートさせた「あすのば給付金」も、今年度に3回目。この民間の試みの現状と課題を紹介する。

幼児教育無償化や給付型奨学金など、教育に関する議論がたけなわだ。しかし、生活保護制度の理念はこうした動きと逆行している。漫画家を目指して専門学校に進学した発達障害の息子と、その夢を支えるシングルマザーが陥った「制度の落とし穴」とは。

いま生活保護制度は、1950年の制度創設以来、最大の危機に直面しているのかもしれない。生活保護基準の引き下げ議論には、「根拠」と言える根拠も影響に関する十分な見積もりもない。その実情と、低所得家庭が被りかねないリスクを考える。

生活保護受給者をはじめ、生活困窮者への物的支援の輪が広がっている。しかし、彼らへの「贈り物」は難しい。貧困状態にある人々は、非常に傷つきやすく、送る側の善意が相手への負担になってしまうこともある。制度面から見ても難しい側面はある。

止まることを知らない勢いで進む生活保護基準の引き下げは、受給者から「ギリギリの生活」さえ奪い去りかねない。生活保護社保審・生活保護基準部会と同・生活困窮者自立支援及び生活保護部会の動きから見る、制度改悪の危険な現状とは?

いよいよ総選挙が始まる。投票前に少しだけ思い浮かべて欲しい、生活保護で暮らすシングルマザーと娘たちの窮状を。現在も「人並みの生活」とは言えない環境で暮らす人々が命綱としている「母子加算」までもが、廃止されようとしている現状に迫る。

在日外国人の仕事や生活は、日本語・日本文化の壁により、常に困難と隣合わせだ。経済状況も決して楽観できない。将来、その子どもたちも貧困の連鎖に陥る恐れがある。子どもたちの貧困を防ぐための手立ては、何より教育支援だ。その取り組みを探る。

日本で暮らす外国人も、日本人と同じように生活保護を受けることができる。しかし、その基準は厳しすぎるほど厳しい。なぜ外国人は、どれだけ困窮しても生活保護を受けづらいのか。データと現状分析により、日本人の意識のどこに課題があるのかを考えよう。
