深澤 献
第19回
人と違うことをやる、リスクを取ってでも新しい道を行く──。イノベーターとして活躍する若きリーダーたちは、どんな原体験に支えられ、どう育ってきたのか。今回は、東京大学在学中に起業サークル「TNK」を設立、多くの起業家の輩出に貢献した一方、自身も漫画やアニメなど和製コンテンツの権利マネジメントとグローバル展開を行うダブルエルの社長、保手濱彰人さんです。

第15回
住友銀行(現三井住友銀行)の「天皇」と称された磯田一郎会長(1913年1月12日~93年12月3日) と、西武鉄道グループのオーナー社長、堤義明(1934年5月29日~)による対談で、掲載は1984年1月7日号である。両者とも絶好調の時期、「経営の強さ、人の強さ」をテーマに語り合ってもらっている。

第14回
1923年、寿屋(現サントリーホールディングス)の創業者である鳥井信治郎は、京都の南西にある「山崎」の地に日本初のモルトウイスキー蒸留所を開設した。鳥井も語っているが、山崎は千利休が茶室「妙喜庵待庵」を設けたほどの水質の良さに加え、木津川、桂川、淀川(宇治川)の3つの川が合流するために霧(もや)が立ち込める湿潤な環境が、ウイスキーづくりに適した立地とされている。

第18回
人と違うこと、新しいことに挑戦する若きイノベーターたちは、どんな原体験に支えられ、どう育ってきたことで、そんなたくましさを得たのか。今回は、2018年に投資ファンド、ミッション・キャピタルを創業し、社会課題の解決と財務的利潤の両立を実現する「インパクト投資」に取り組む金武偉(キム・ムイ)さんです。

第13回
かつて、「ダイエー・松下戦争」と呼ばれた対立があった。発端は1964年、「流通革命」「価格破壊」を旗印に掲げるダイエー創業者、中内功(1922年8月2日~2005年9月19日)が、松下電器産業(現パナソニック)の商品をメーカー希望小売価格から大幅値引きして販売したことだった。

第12回
1955年5月18日、通商産業省(現・経済産業省)の自動車課による「国民車育成要綱案(国民車構想)」が明らかになり、日本中の話題になった。一定の要件を満たす自動車に対して、国がその製造と販売を支援し、普及を促すという内容だ。

第11回
東京・渋谷の東急百貨店東横店が2020年3月31日で営業を終了する。渋谷駅に直結する同店は1934年に開業した「東横百貨店」が前身で、86年の歴史に幕が下りることになる。

第17回
時代を変えるイノベーターとして活躍する若きリーダーたちは、どう育ってきたのか。また、その原体験はどこにあるのか。今回は、自らの意思で未来を切り開いていける若者の育成を、起業家教育、英語教育を通して支援するタクトピアの共同創業者、白川寧々さん。中国生まれで6歳で来日、大学から米国に渡った、まさにグローバルリーダーです。

第10回
経営学者のピーター・F・ドラッカーは1989年に著した『新しい現実』の中で、「歴史にも峠がある」と喝破し、まさに今、歴史の転換期に突入したと明言した。

第9回
浅野は越中国射水郡藪田村(現富山県氷見市)から1871年に上京。東京・御茶の水の冷たい名水に砂糖を入れた「水売り」などを経て、1873年に、「横浜市営瓦斯局」が産業廃棄物として処分していたコークスに目をつけ、セメント製造の燃料として官営深川セメント製造所に納めることで富を得た。

第16回
人と違うことをやる、リスクを冒してでも新しい道を行く──。イノベーターとして活躍する若きリーダーたちは、どんな原体験に支えられ、どう育ってきて、そんなたくましさを得たのか。今回は、商品に印刷されているバーコードを媒介に、商品の情報や魅力を多言語で外国人観光客に伝えるサービスを展開するPayke(ペイク)の古田奎輔さんです。

第8回
阪急電鉄、宝塚歌劇団、阪急百貨店、東宝など阪急東宝グループを創業した小林一三(1873年1月3日 ~1957年1月25日)。出身地は山梨県で、1892年に慶應義塾大学を卒業後、三井銀行(現・三井住友銀行)を経て大阪に赴任したのは1907年のことである。大阪では阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道の経営に携わり、鉄道を起点とした都市開発と、沿線住民の需要を満たす小売業、レジャー、エンターテインメントなどに事業の幅を広げた。

第7回
NHKの朝ドラ『まんぷく』のモデルとしても注目を浴びた日清食品の創業者、安藤百福(1910年3月5日~2007年1月5日)。言わずと知れた「チキンラーメン」「カップヌードル」の開発者でもある。

第6回
よく知られている通り、任天堂はもともと花札やかるた、トランプの老舗で、山内溥(1927年11月7日~2013年9月19日)は3代目の社長に当たる。任天堂が家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」を世に出したのは83年7月なので、このインタビューが掲載された84年12月15日号当時は、すでに任天堂は「ゲームの会社」として認知されていた。インタビューの中で山内は、娯楽のエレクトロニクス化とマイコン・ゲームへの参入に関する取り組みの歴史と、その厳しさを説明した上で、「“遊ぶ時間”を売る商売は、ものすごく難しいですよ」と覚悟を語っている。

第5回
ソフトバンクの孫正義(1957年8月11日~)というと、次々と企業を買収し、事業を拡大するイメージがあるだろう。飽きっぽく変わり身が早い印象を持つ人もいるのではないだろうか。だが実は、1994年11月5日号の本誌インタビューでは、「コロコロ事業を変えたり、多角化したくなかった」と述べている。

第4回
渋沢栄一は1909年(明治42年)、古稀(70歳)を機に、それまでに自らが立ち上げたり、設立・経営に関わった多くの企業・団体の役員から退いた。1951年4月1日号には、伊藤忠兵衛(2代目、伊藤忠商事の創業者、初代伊藤忠兵衛の次男)と渋沢秀雄(栄一の四男)による「渋沢栄一の思い出」と題された対談が掲載されている。

第15回
人と違うことをやる。リスクを冒してでも新しい道を行く──。イノベーターとして活躍する若きリーダーたちは、どんな原体験に支えられ、どう育ってきて、そんなモチベーションや使命感、そして強い自己肯定感を得るに至ったのか。今回はテーマ型投資の投資プラットフォームを提供するオンライン証券ベンチャー、FOLIOの甲斐真一郎さんです。

第2回
本田技研工業(ホンダ)の創業者・本田宗一郎(1906年11月17日~1991年8月5日)の、74歳のときのインタビューである。当時、本田は取締役最高顧問となって経営の現場から離れていたこともあり、会社経営についてほとんど言及していないが、それだけにその人となりがよくわかる内容となっている。

第14回
新しい常識をつくるイノベーターとして活躍する若きリーダーたちは、どんな環境で育ち、どんな原体験に支えられているのか。今回は、中学2年生のときに参加した釜ヶ崎・あいりん地区での炊き出しボランティア体験でホームレス問題に直面して以来、その解決に取り組み、19歳でNPO法人Homedoor(ホームドア)を設立した川口加奈理事長です。

第13回
仕事を通じて社会を変えていこうと活躍する若きイノベーターたちは、どう育ってきて、どんな原体験に支えられているのか。今回は、人類の生活圏を宇宙に広げるべく、月面資源開発に取り組むispaceの創業者、袴田武史さん。意外にも、第1希望の道に進めない経験の方が多かったようです。
