時代を変えるイノベーターとして活躍する若きリーダーたちは、どう育ち、どんな原体験に支えられているのか。今回は、AIを使った健康管理アプリで予防医療に取り組むヘルステック企業、FiNCの溝口勇児さん。高校時代からトレーナーとして活動し、フィットネス業界では経営再建の手腕で知られた同氏が起業したのは、生まれて1万日目のことでした。(聞き手/「週刊ダイヤモンド」編集長 深澤 献)

勇気とは
「怖いと思ってもすべきことをする」こと

FiNC社長兼CEOの溝口勇児さん
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――幼いころにご両親が離婚されているそうですね。

 僕が3歳、妹が1歳のときです。父は両親を知らずに孤児院で育ち、母には父親がいませんでした。2人とも幼少期からやさぐれて育ち、母が19歳のときに“出来ちゃった婚”して生まれたのが僕です。

 父は酒癖が悪く、そのせいで仕事が長続きしなくて、借金が増えていきました。両親の離婚後、僕は一度しか会っていません。その父も、3年前に亡くなりました。

 なので僕は、現代日本でもまれな貧乏な家に育ちました。母からは「父親のつもりで生きろ」と言われて、昼も夜も働いていた母の代わりに、小学生のころから妹に食事を作ったりしていました。

 母は働き者ではありましたが、ケンカ早くて、力もありました。僕は学校で腕相撲に負けたことがないのですが、母には中学生になるまで勝てませんでした。

 授業参観のときにはサングラスを掛けて、ウォークマンで音楽を爆音で聴いていたんですよ。子どもながら、何しに来たんだと思いました(笑)。僕も友達もやんちゃだったけど、母はそのボスのような存在で、友達には絶対に「おばさん」とは呼ばせず「ユミちゃん」と呼ばせていました。