経営学者のピーター・F・ドラッカー(1909年11月19日~2005年11月11日)は1989年に著した『新しい現実』の中で、「歴史にも峠がある」と喝破し、まさに今、歴史の転換期に突入したと明言した。
「平坦な大地にも上り下りする峠がある。そのほとんどは、単なる地形の変化であって、気候や言葉や生活様式が変わることはない。しかしそうではない峠がある。本当の境界がある。そして歴史にも境界がある。目立つこともない。気づかれることもない。だが、ひとたび越えてしまえば、社会的な風景と政治的な風景が変わり、気候が変わる。言葉が変わる。新しい現実が始まる」(『新しい現実』)
さらに4年後の93年に出版した『ポスト資本主義社会』では、この大転換期は2020年まで続くと論じたのだが、89年末から始まったバブル崩壊からこれまでの30年、その大転換の渦中でもがいてきたわれわれは、ドラッカーの慧眼に驚くほかない。
本誌89年11月18日号では、「新しい現実」をテーマにドラッカーとイトーヨーカ堂創業者で当時社長だった伊藤雅俊(1947年9月12日~)の対談が掲載されている。
ドラッカーは、英国の小売業界が、メーカーのブランドを必要とせず、自社ブランドで製品を売り始めたことを例に挙げ、メーカー主導(生産者重視)ではなく小売り主導(消費者重視)の市場形成への転換を説いている。また、欧州の家電市場が「日本の製品は高いので、韓国から輸入するようにしている」といった話も披露している。この後始まる日本の家電業界の凋落を予言するかのような一言である。
一方、伊藤は、経済のサービス化が急ピッチで進む一方、サービスの生産性向上が焦眉の急となっているという問題提起をした上で、「日本の消費者が知らない、安く商品やサービスを提供する流通経路も登場するだろうし、フルサービスの業態もできよう。そうした変化への対応が、これまで以上に求められてくる」と話している。インターネット登場以前の発言ではあるが、時代の変化に対する正しい危機感を持っていたことがうかがい知れる。
いずれにしても改めて気付かされるのは、大転換期において過去の延長線上で物事を捉えることの危険性である。ドラッカーは『新しい現実』の中で、こうも述べている。「未だに昨日のスローガン、約束、問題意識が論議を支配し、視野を狭いものにしている。それらが、今日の問題の解決に対する最大の障害になっている」と。(敬称略)(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)
日本はもっと広範な市場が必要
伊藤 ドラッカーさんは十数年前、日本は構造改革をしなければいけないと言われた。為替の問題から輸出型産業構造、消費経済化の問題、さらには政治の限界とか、いろいろと問題を指摘された。今、問題点がいっぺんに出てきている。私は日本の現状を厳しく受け止めている。
非実物経済が急速に拡大している今の経済の中で、日本はどう対応したらいいのでしょうか。
ドラッカー まず最初にこの10年間における日本のビジネスを見てみると、目を見張るような成果を上げており、とりわけ円の価値の急激な変化を克服する力も素晴らしかった。
今、新しい課題に日本は直面しているように思う。一つは中小中堅企業の課題だ。日本の大手メーカーや銀行は今や世界経済の中で活発な動きをしているが、中小中堅企業は国内にとどまっている。もちろん、海外から部品を調達したり、あるいは東南アジア諸国に下請け企業を持ち始めてはいるものの、世界経済に影響を与える存在にはなっていない。