平野 日本はアジア唯一の先進国で、他のアジア諸国は後進国。だから、日本の消費者が評価したものは、必ず他の国でも売れるというバイアス、というか驕りが、まずあったと思います。また、自動車や家電といったハードウェアは「モノ」自体が雄弁にその価値や優越性を語っているため、よい「モノつくり」さえしていれば価値は消費者に伝わっていたところがあったので、ブランディングやマーケティングが日本企業で発達しなかった。

 そうした過剰な現場重視の「モノつくり」信仰が、戦略不在の経営に連なっている。日本の「モノつくり」は確かに優れているが、それを日本的経営が優れていると読み違えてしまったと思います。

 その結果、「モノつくり」に相応しく、しかも戦後の一定の時期にだけ機能していた人事制度や組織運営などを日本的経営と一般化して、ずっと温存してきてしまいました。その間、世界の競合は経営革新や組織改革に挑み、技術を取り入れて、新たな業態を生み出してきた結果、21世紀に入ってから企業競争力に差がついてしまった。

 イノベーションと言うと、ここでも日本人は狭い技術革新という認知バイアスがあります。ところが、1990年以降、世界企業は経営のイノベーションに取り組んできた。それに日本企業は出遅れた。そのことを『経営の針路』の前半で指摘しています。

 日本の「おもてなし」に関して言えば、これは文化のビジネス化の話になります。これは米国企業が確かにうまい。例えば、スターバックスなりマクドナルドが売っているのは、コーヒーやハンバーガーという物理的な商品ではなくて、スターバックスならゆったりした仕事や癒しの空間と時間であり、マクドナルドなら食べ歩きやファストフードを食すというライフスタイルであり、米国発の文化を標準化して、商品化しているのです。重要なことは文化を上手く標準化することで、どこの国でも展開可能なポータビリティを与えたことです。

 ところが日本の「おもてなし」みたいなものは、ポータビリティがあまり高くない。それはライフスタイルというよりも、日本人の感性で支えられたものですから、それを海外の人に味わってもらうためには、日本に来てもらって体験してもらわなければならない。ちなみに、インバウンド観光客が落としてくれるお金も、モノを輸出して稼ぐ外貨と同等ですから、それはそれで良いのですが、「おもてなし」にポータビリティを与えて海外に輸出するためには、サービスを支えるオペレーションを含めて標準化や商品化が必要です。

 コンビニは一つの日本の文化とも言えるのだけど、コンビニを成立させている条件や環境を、そのまま海外に持っていけるわけではない。その観点からは「MUJI」というブランドを広めた無印良品や、機能性の高いクリーンでシンプルな高品質ウェアを広めたユニクロなどは、日本の文化にポータビリティを与えたものと評価しています。