映画やドラマの中によく出てくるごますり課長。いつも部下に威張っているのに、上司や得意先の前になると声が変わり、ペコペコし始める。威張られた部下はその豹変ぶりにがっかりする。大事な局面で逃げる。しかも誰も信用していない。
テレビなどの中ではその態度が極端に表現されるが、実際の社会でも結構存在しているのではないか。例えば、飛行機の中で威張りながら乗務員さんに無理な注文をしたり、大声で文句を言ったりしている人が、飛行機を降りて急に声を変えて携帯電話で話しているのは頻繁に見かける。若い人でもそういう態度を真似している人は少なくない。威張っている自分がかっこいいとでも思っているのか、わざと大きな声で威張るのだ。
こんな人たちとは、あまり関わりたくないのだが、これは男性だけの話ではない。声を使い分ける女性はいる。取り入ろうとする時に甘えたような声を出すタイプだ。ほとんどのそういう女性には共通点がある。それは「美人のもと」が減った形跡である。
減ったというのは、かつては結構あったという意味である。つまり昔は美人だったと思われるのだ。少しずつ美人「である」から美人「だった」になっていったように見えるのだ。
どういうことなのかを考えてみる。子供や若いうちは声を使い分ける技がわりとうまくいって、それなりにかわいがられるので、いつもいい表情でいられる。それは「美人のもと」を増やす原因になる。しかし、大人社会ではそんなオモテ・ウラは嫌がられることが多い。
急に甘えたような声を出されても引いてしまうのだ。しかも口元がとがってピヨピヨ鳴くような鳥の口になって、それに上目使いが加わる。大人のピヨピヨは通用しにくいのだ。
実際、声を変えることが多い女性は友達も少ない。まわりがちやほやしなくなると、そんなまわりを責めるようになる。ピヨピヨ鳴いていた口が甲高くなってピーピー言い始める。口を尖らせたり、曲がったりする表情の時間が長くなる。そんな時間こそ「美人のもと」が減っていくタイミングなのだろう。
相手によって態度を使い分けることは誰でもあることなのかもしれない。しかし、できるだけいつもの自分はひとつでいたい。