欧米が進んでいるのは、それを可能にする教育を受けてきたからだ。国民の教育水準をあげれば私たちだって欧米に追いつける。このような理解のもとに、日本は、国民の教育レベルを上げることによって経済を発展させるという成長戦略を選択したのです。そしてこのモデルは、アジア諸国へと広がっていきました。

 日本は東アジア、東南アジアの素晴らしい模範となりました。韓国、台湾、シンガポール、タイなどのアジア諸国は、日本が国民に教育を施し、国民のケイパビリティ(潜在能力)を増大させることによって急速に経済を成長させたことに深い影響を受けてきたのです。

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佐藤 戦後の日本の経済成長に民間の起業家が果たした役割も大きいと思います。本田宗一郎や盛田昭夫など戦後、日本経済を牽引してきた経営者は、自分が豊かになるよりも、日本をよくしたいという気持ちのほうが強かったように思います。なぜ自分の欲よりも社会貢献を優先したのでしょうか。

セン まず何よりも、日本文化や日本という国に対して誇りを持っていたからだと思います。この日本人の誇りは、19~20世紀、日本の産業革命を牽引した原動力でもありました。私の友人である森嶋通夫(経済学者、1923-2004)は、その著書の中で、日本人が金銭的なインセンティブがなくとも責任感を持って働くのは、その文化によるところが大きい、日本人の倫理観は日本経済の発展に大きな貢献をしてきた、と述べています。

 日本人の実業家たちが「この国には世界の中でも唯一無二の文化がある」と信じてきたこと。これが日本全体の生産性を高め、日本という国の可能性を信じることにつながったのです。

 次に、日本人が自国を良くすることだけを考えていたわけではない点を指摘しておきたいと思います。日本は世界の人々、特にアジアやアフリカの発展途上国の人々に対して多大な援助をしてきました。私は2001年~2003年に緒方貞子氏とともに、「人間の安全保障委員会」の議長を務めました。緒方氏は、2003年~2012年、JICA(国際協力機構)の理事長を務めましたが、私が彼女を通じて学んだのは、日本人の利他主義へのコミットメントは、日本国内にとどまらず、世界規模であるということです。