部下の主体性を引き出すファシリテーション

「双方向コミュニケーション」という言葉がコミュニケーションを殺す森 時彦(もり・ときひこ)
神戸製鋼所を経てGEに入社し、日本GE役員などの要職を務める。その後、テラダイン日本法人代表取締役、リバーサイド・パートナーズ代表パートナーなどを歴任。現在はチェンジ・マネジメント・コンサルティング代表取締役として組織活性化やリーダー育成を支援するかたわら、執筆や講演等を通じてファシリテーションの普及に努めている。ビジネス・ブレークスルー大学客員教授、日本工業大学大学院客員教授、NPO法人日本ファシリテーション協会フェロー。近著に『ストーリーでわかるファシリテーター入門』がある。

 なるほど。ところで、経営の考えを現場に浸透させるには「粘り強さ」が必要ですが、それも単に押し付けても染み渡りませんよね? 現場のメンバーが主体的に「そうだ」と思わなければ、意味がない。荒川さんはどのようにして、部下の主体性を引き出してきましたか?

荒川 現場の納得を得られるまで丁寧に説明することに尽きますかね。中期計画を立てるにしても、売上目標を立てるにしても、時間がかかっても丁寧に説明する。納得してくれなければ人間は動きませんからね。「あなたがたが動いてくれなければ会社は回らないんだ」という姿勢で、一所懸命、丁寧に説明することです。

 なかには「上司の説明を聞くのが面倒だから、納得したフリをして話を終わらせるか」なんて部下はいなかったですか?(笑)

荒川 そんなに甘くない(笑)。納得したフリなんてしたら大変なことになりますよ。「納得を得られた」時点で目標に向かって動き出し、逐一「どこまで目標達成しているか?」とフォローが入り、結果を出していかなければいけない状況になるのですから。お互いに納得して決めた目標ですから、そこはきっちりやる。遊びじゃないですからね。

「納得したことは実行する」のがプロフェッショナルの世界です。仕事をするとはプロフェッショナルに徹するということですから、説明するほうも説明されるほうも命懸けです(笑)。その意味では、「納得したことは実行する」というプロフェッショナリズムを徹底することが、部下の主体性を引き出すためにいちばん必要なことかもしれません。そのためには、経営がプロフェッショナルとして自らを律することが出発点なんでしょうね。

 たしかに、そうですね。私がウェルチから学んだ「主体性の引き出し方」は、問い掛けることです。「GEの成長が止まってきた。どうしたらいいと思うか?」とか「ITをもっとうまく活用するにはどうしたらいいか?」と、会長であるウェルチは常に、部下に問い掛けていました。トップからそう問われると、みんなトップの立場で答えを出そうと考え始めますから、自然と主体性が育つわけです。その積み重ねでしたね。

荒川 まさに、森さんのご著作『ストーリーでわかるファシリテーター入門』にも書いてあるように、ファシリテーションとは、その場にいる人みんなが主体性を持ち、みんなで何かをつくり上げるというプロセスを整えることですよね。その森さんがウェルチから「問い掛け」を学んだというのは非常に興味深いです。

 今日荒川さんからお話を伺いながら、やはり優れた経営者は「現場の知識をしっかりと活用しなければ、会社なんてうまく動かない」ということをよく心得ていらっしゃると改めて感じました。だから現場に問い掛け、その知恵を引きだそうとする。ちょっと変な言い方かもしれませんが、「問い掛け」には知恵が含まれていると思うんですね。

 もちろん自分が知りたいから問うのですが、いい問い掛けほど会社の方針をうまく伝える方法はないのではないか。問われた方は、それについて考えはじめるわけですから「伝わる」わけです。こうして「問い」の形で方針を深く伝える一方で、同時に主体性・リーダーシップを育てることができる。ファシリテーションに長けたリーダーは、次世代のリーダー育成も上手なんだと思いました。

(了)

「双方向コミュニケーション」という言葉がコミュニケーションを殺す